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社説・コラム

社説 拉致再調査合意1年 日朝交渉の流れ 変えよ

 さして進展のないまま、月日だけが無為に流れた。拉致被害者を含む日本人の消息に関する包括的調査を、北朝鮮が日本に約束してきょう1年になる。

 かねて懸念してはいたが、北朝鮮の態度はあまりにも不誠実ではないか。拉致問題を最優先課題と位置付けて「対話路線」を取ってきた日本政府は、制裁強化も視野に入れて交渉の流れを変える必要があろう。

 北朝鮮は昨年7月に「特別調査委員会」を設置して調査を始めたと伝えられる。これに応じて日本が北朝鮮への人的往来の規制など制裁の一部を解除したことで、合意は履行へ動きだしたかに見えた。

 外務省局長を団長とする日本政府代表団が訪朝したり、中国など第三国で非公式に接触したりした動きがそれだ。しかし、昨年秋を目安にしていた初回の調査報告は先送りされたままであり、とりわけ拉致問題に関する情報提供は皆無に近い。

 北朝鮮の特別調査委員会は、あらゆる機関を調査する特別な権限を付与され、国家安全保衛部などの幹部が責任者に名を連ねているとの触れ込みである。問題解決へ北朝鮮は、それなりの体制を整えたはずだった。

 にもかかわらず事が進まないのは、彼らの思惑に一因があろう。拉致問題以外の残留日本人や日本人妻の処遇、終戦前後に今の北朝鮮で死亡した日本人の遺骨の調査など、人道分野を先行させ、見返りに制裁の追加解除や人道支援を引き出そうとしているのではないのか。

 むろん拉致以外の問題も早期解決が望まれる。残留日本人女性が帰国意思の調査を受けながら、1月に86歳で死去していた。合意の核心である拉致問題の解決が進まないことが、こうした悲劇につながっていよう。

 このところ北朝鮮が国内外に強硬姿勢を示していることは懸念材料ではある。金正恩(キムジョンウン)第1書記を支える高官らが相次いで粛清され、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を誇示した。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下企業が関わったとされるマツタケ不正輸入事件の捜査にも強く反発した。

 ただ、このまま合意をなし崩しにすることも、北朝鮮にはできない事情があるはずだ。核開発によって中国との関係が冷え込む中、日本から経済的見返りや国交正常化交渉の糸口を得ることは極めて重要となろう。

 日本政府の外交戦略があらためて問われてくる。政府・自民党は「1年」の調査期限を迎える7月以降も交渉が続くとみて制裁強化を検討している。

 事を前に進めるために、外交圧力をかけるのは当然だろう。えてして北朝鮮のペースで進みがちな交渉の流れを変えるべき時期である。問題は制裁強化という「切り札」を、いかに有効に使うかだ。

 核問題をめぐる6カ国協議の日米韓首席代表協議もおととい開かれ、核・ミサイル問題と拉致問題に関し、圧力を強めることで一致した。6カ国のうち、北朝鮮が関係強化を進めるロシアとの連携も必要だろう。

 もはや問題は先送りできるわけもなく、いよいよ正念場を迎えることは間違いない。安倍政権は拉致再調査で結果を出せない場合には、少なからぬダメージを受けるという覚悟を持って臨むべきだ。

(2015年5月29日朝刊掲載)

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