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社説・コラム

社説 米核施設の国立公園化 被爆地の声を忘れるな

 被爆地からすれば忌まわしく心かき乱される地名であろう。

 ロスアラモス、オークリッジ、ハンフォード―。広島・長崎への原爆投下につながったマンハッタン計画に深く関わる地である。米国政府が、これらの核施設周辺を今夏にも「国立歴史公園」にすると発表した。

 核兵器の非人道性は、いまや国際的な常識である。それなのにその使用を悔いるどころか、開発拠点を「歴史的な遺産」として肯定的に位置付けるとは、いかがなものであろうか。被爆地から懸念の声が上がるのも仕方あるまい。

 指定の対象は、マンハッタン計画の中枢施設があったロスアラモス、ウラン濃縮施設があったオークリッジ、プルトニウムを製造したハンフォードの核施設などである。一部は現在も核兵器開発に使用されている。

 最初の原爆本体を組み立てた建物や、計画を指揮した物理学者オッペンハイマーらが生活した建物などが「国家的に重要な歴史資源」と位置付けられることになる。

 1990年代後半、老朽化した施設の保存をめぐって議論が始まり、2012年から超党派の議員が法制化へ動いたという。今回の指定は、原爆開発を歴史上の「革新的な出来事」として捉えてきた地元のロビー活動の「成果」であろう。

 広島市や長崎市などは「核兵器廃絶を求める人びとの願いに背く」とし、計画の再考を求めてきた。日本被団協も「絶対に許すことはできない」と訴えてきた。しかし、それは届かなかった形である。

 米の国立公園局幹部は、日本のほか米国内からも異論があったことを踏まえ、「あらゆる立場を考慮しバランスの取れた歴史解釈に努める」としている。

 米の国立公園の中には、自国の負の歴史に焦点を当てたものもある。先住民を迫害した地などだ。強制移住に関する遺構を取り壊すのではなく、後世に残して歴史を伝えるという狙いなら一定の意義はあろう。

 ただ今回は、どこまで原爆投下について公正で客観的な内容になるのかが見通せない。

 原爆について米国では、「第2次大戦を終結させ、科学技術の劇的な進歩をもたらした」とする肯定的な見方がいまも根強い。特にロスアラモスなどは、原爆開発に誇りを持つ土地柄として知られる。核兵器の非人道性についてもほとんど触れられない可能性があろう。

 このままでは、「兵器としての威力」の側面にのみ光が当たり、きのこ雲の下で起きた惨劇や、今なお被爆者が後障害に苦しむ現実が十分に反映されない恐れがある。

 ただ、国立公園化が決まった以上、今後は展示内容に被爆地の視点を盛り込むよう強く求めなければなるまい。

 先月、広島市の松井一実市長らが訪米した際、国立歴史公園化を働きかけた財団トップは、被爆地と意見交換を行う意向を市長に示した。

 被爆地も受け身ではなく、もっと一歩前に出るべきだろう。被爆の惨禍を示す資料の貸し出し、職員の派遣、相互交流などの取り組みを積極的に検討してもらいたい。

 このまま国立公園化が進めば、将来に誤ったメッセージを残しかねない。

(2015年6月8日朝刊掲載)

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