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社説・コラム

『潮流』 基地の中の「遺産」

■論説副主幹・岩崎誠

 米軍基地の街、神奈川県横須賀で事情通に「あそこから見える」と教わった。巨大基地に近いショッピングセンターの屋上に早速、足を運ぶ。お目当ての歴史遺産の一部が、斜め横から辛うじて視野に入った。

 150年前、徳川幕府が最後の力を振り絞るように着工した横須賀製鉄所(のち造船所)の遺構。ドラマや小説でおなじみの幕臣、小栗上野介が手掛け、フランス人技師が携わった。日本初の西洋式石造りドックがほぼ元のまま残る。

 明治初期に完成し、近代造船の原点となった。だが通常は近寄れない。旧日本海軍の時代を経て敗戦とともに米軍に接収され、今なお現役の艦船修理施設として使われるからだ。

 見たいと思ったのは「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録への動きからだ。候補の23件に萩や長崎の造船遺構が含まれる。一方で、はなから対象外だった横須賀のドックも歴史的意義でひけは取らないし、幕末からの近代化を語る上ではむしろ欠かせない。

 つまり「世界遺産級」ではないのか。横須賀市教委に聞くと同じ思いだった。現状は日本政府からの提供財産。せめて市文化財にしたいと暫定リストに載せ、交渉しようとしているが壁は厚いと担当者。「軍事機密もあるようですしね」

 このままでいいのか。安倍政権は明治維新と近代化の歴史を誇りとしている。産業革命遺産の「負」の部分の位置付けをめぐり、韓国の主張を突っぱねるのも自負の表れかもしれない。

 そのプライドを米国にも向けたらどうか。基地全体とは言わない。日本人の歩みを物語るドックだけは返還を求め、自国で守り残す気構えがあっていい。

 沖縄でも、あの普天間を含め、米軍施設内の文化財の調査や保存に頭を痛めてきたと聞く。「日本の中の米国」に切り取られたままの歴史の重みを思う。

(2015年6月13日朝刊掲載)

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