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社説・コラム

社説 「イスラム国」宣言1年 国際包囲網を緩めるな

 「イスラム国」を名乗る過激派組織の増長を抑える道筋が見えてこない。イラク第2の都市モスルを制圧し、政教一致のカリフ制国家の樹立を一方的に宣言して今月で1年になる。

 制圧した地域での残虐な振る舞いや、イラク・シリアの貴重な古代の遺跡や文化財の破壊など、肯定できるものは何もない。だが蛮行を生む土壌は掘り下げて考えねばなるまい。

 米軍などは昨年8月からイラク領内で空爆を続け、イスラム国の壊滅を目指している。イラク政府もモスルを奪還すべく、3月には要衝ティクリートを制圧した。かの集団の勢いを一時そいだかに見えた。

 ところが、5月に中部の要衝ラマディを奪われ、モスルは遠のいた。今では数年のうちの壊滅は不可能という見方に傾いた。米軍やイラク軍は軍事力では圧していたはずだが、なぜか。

 一つの要因はイラク軍や治安部隊の士気の低さだろう。2003年のイラク戦争開戦後、旧イラク軍は解体された。米国などの支援で再編成されたが、イスラム教シーア派が大半を占める兵士たちはイスラム国支配下に住むスンニ派住民を救いたくない心理が働くという。

 米軍が供与した武器を、イラク軍が前線で大量に放棄してきたことも禍根を残した。イスラム国は労せずして戦闘能力を高め、攻勢を掛けている。

 イラク北部クルド自治政府の治安部隊もイスラム国と対抗するが、政府軍との信頼関係は乏しく、共闘しているとは言い難い。総じて掃討作戦はうまくかみ合っていないのである。

 こうしてもたつく中、米国内では1万人規模の地上部隊派遣を野党・共和党のタカ派などが主張しているようだ。だが、イラク戦争の二の舞いを恐れるオバマ政権は応じていない。

 当然だろう。イラク軍強化の増派にとどめ、米国と戦うという新たな目標を過激派組織に与える愚を犯すべきではない。

 むしろ外国人戦闘員志願者のシリアやイラクへの流入を阻まなければなるまい。欧州などでは秘密裏に帰国した戦闘員が自国でテロを起こす可能性もあるだけに、急務であろう。

 とりわけシリアとトルコの国境の監視を強めることだ。地域大国のトルコでは、先日の総選挙で少数派クルド人政党が躍進した。今後はイスラム国に強い外交姿勢で臨む可能性もある。

 またイスラム国は東南アジアにも浸透する恐れがある。ミャンマーから周辺国への密航が続くイスラム教徒少数民族の難民問題が長引けば、付け入る隙を与えかねない。関係国は座視してはならない。

 民主化運動「アラブの春」の高揚と挫折の後、イスラム国は国家統治の空白に乗じて勢力を広げたといえよう。今以上に広大な領域を支配することは考えにくいが、中東全体の流動化の中で聖戦の名の下に根を下ろす恐れは十分にあろう。

 日本人人質殺害事件の衝撃を私たちは忘れてはいまい。

 日本政府はテロ対策への非軍事的な貢献を打ち出している。国際社会は国境管理や資金源の封じ込めなどを通じた包囲網を緩めてはならない。と同時に、若者が過激な組織に誘い込まれないよう、貧困や格差の問題を解決することが、全世界の長期的な課題になるに違いない。

(2015年6月14日朝刊掲載)

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