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連載・特集

僧侶たちの8・6 <中> 大蓮院(静岡県伊豆市)住職・佐治妙心さん 

絵に込める千羽鶴の心

 「あなたの心に折り鶴の声が聞こえますか」。日蓮宗大蓮院(静岡県伊豆市)住職の佐治妙心さんは優しい口調で手作りの紙芝居を広げる。

 描いたのは、広島市内で被爆し、白血病のため12歳で亡くなった佐々木禎子さんの物語。千羽鶴を折ると病気が治ると信じ、希望を持ち続けた姿を伝える。法務の傍ら全国の学校や寺、海外などで公演。毎年夏には、広島市中区の平和記念公園を訪れ、原爆の子の像近くで来園者に読み語る。

 絵本を通じ禎子さんの折り鶴に関心を持った。両親に頼んで広島を初めて訪れたのは小学2年の時。級友たちからの度重なるいじめに悩んでいた時期だった。「何のために生まれてきたんだろう」。自問しても心は晴れない。小学3年の時に校舎から飛び降りようとしたこともあったが、禎子さんの折り鶴を思い出し、とどまった。

小6で紙芝居に

 「禎子ちゃんは生きたくても生きられず、好きな学校も行けなかった。私は生かされ、通学できている。自ら命を落としたら、禎子ちゃん、悲しむだろうな」。命の尊さを考えた。折り鶴にこもる禎子さんの平和への祈りを語り継ぎたいと思った。小学6年の時、水彩絵の具やクレヨンでA3判画用紙に紙芝居14枚を描き、全校児童約100人に初めて披露した。

 伊豆市内の妙蔵寺で生まれ育った。12歳で得度し、宗門校の高校と大学に進んだ。毎年夏の広島通いは、中学2年の時から夏休みに続ける。長崎も訪れる。大学生になると寺、学校、保育園と依頼が口コミで増え、公演回数は現在400回を超えた。長崎と沖縄の紙芝居も作った。いずれも実話に基づいて、親子の絆や命の尊さを伝える。

 「武器を持って争うことだけが戦争じゃない。それぞれの心に争いの芽がある。いじめもその一つ」と感じる。互いの心を敬う仏教の教え「担行礼拝」を挙げ、「あなたの心の中にも仏様はいる。一人一人に相手を思いやる心が育てば、戦争は防げるのではないか」と説く。禎子さんの物語には、親子の愛情、級友の思いやりなど、生きる上で大切な教えが詰まっているという。

 紙芝居を使う意味を「一つ一つの絵と自分自身を重ね合わせ、見る人が想像力を働かせられる」と強調する。紙芝居を入れて公演で使う木枠は、佐治さんが小学3年の時に76歳で病死した祖父堯英さんが、中学校で国語教諭をしていたころに使っていた遺品だ。

いじめ体験語る

 各地を公演して回っても初めのころは、いじめを受けていたことは隠してきた。だが、「つらい経験を話すことで救われる命がある」と知人に諭され、19歳の時から小学校時代の体験も語る。公演中に泣いたこともある。「つらい過去を話すのは勇気が要る。被爆者の方も同じだろうと思う。戦争を知らない私たちは、その気持ちをちゃんと受け止めないといけない」とかみしめる。

 活動を通じ、禎子さんをモデルにしたブロンズの「平和の子の像」の寄贈を受け、妙蔵寺境内に8年前建てた。昨年10月に結婚し、それまで住職をしていた同寺の法務は夫に託し、近くの大蓮院住職に就いた。普段は妙蔵寺で夫と暮らす。

 平和を願う活動は堯英さんの後ろ姿からも学んだ。兵役でビルマなどに赴いていた堯英さんは戦後、パゴダ(仏塔)を妙蔵寺境内に建て、世界各地で集めた戦死者の遺品を収め、供養し続けた。戦友たちを思って造った平和の鐘は、祖父の遺志を継いで毎年8月6、9、15日に今も響かせ続けている。

 「平和は一人一人の心のありようから築いていける。苦しい時は折り鶴を1羽作ってみてください。きっと、人の痛みを自らの痛みとして受け止める優しい気持ちが生まれるはずです」(桜井邦彦)

(2015年6月29日朝刊掲載)

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