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原爆投下はいつ? 広島市内の小学生 正解3割 ヒロシマ風化に危機感

■記者 永山啓一

市教委 継承・発信へ教材化探る

 広島市内の小中学生の原爆被害に関する知識や理解力の低下が進んでいる。原爆投下の年月日と時間を正確に答えられた小学生は約3割、中学生は6割弱。危機感を抱く市教委は本年度、新たな平和教育プログラムづくりを始めた。一方で、広島県全体では平和教育の退潮に歯止めがかかっていない。

平和授業減り周囲の被爆者も減

 7月11日、南観音小(広島市西区)であった平和学習会。「爆心地から900メートルにいた妹はあの日以来帰らない」。被爆者の植田のり子さん(79)は時折、声を詰まらせながら小学5、6年生の244人に語り掛けた。

 同小では毎年7月、5、6年生対象に被爆証言を聞く会を開いている。1~4年は学年ごとに原爆や戦争を扱った映画を観賞。8月6日には全校集会を開き、午前8時15分に黙とうした後、平和宣言の内容などを学習する。平和教育の授業時間数は年間5時間。市内の多くの学校と同様の内容という。

 ただ、学んだ内容がなかなか定着していない。平和教育担当の栗栖香苗教諭(28)は4年生の担任だった昨年、社会科のテストで原爆投下の日時を問う問題の正答率が約7割だった結果にがくぜんとした。「できて当たり前だと思っていた」

 広島市教委の昨年度当初の調査では、県内の小学4年~高校3年の計2787人を抽出し、原爆投下の年月日と時間を質問。正確に答えた小学生は33.0%と、5年前の調査に比べ16.6ポイント減った。中学生も55.7%で同11.9ポイント減だった。

 教職員有志でつくる市中学校教育研究協議会平和教育部会の事務局長で、大州中(南区)の永田邦生教諭(51)は「平和教育の授業時間が減った。身近に被爆者のいる環境も少なくなっている。ある意味当然かもしれない」と率直に話す。

 永田教諭は十数年前まで、全校での平和集会に加え、年間6時間程度かけて「原爆の被害」や「軍都広島」をテーマにした授業を道徳やホームルームでしていた。だが今はほとんどできていない。

是正指導も背景

 こうした背景の一つが、1998年の旧文部省による広島県教委への是正指導だった。学習指導要領に沿った教育や法令順守が強く求められた。それまでは学校内に平和教育の推進組織があったが、「社会運動との区別」が強調され、活動は萎縮。主に平和教育にあてていた道徳の授業は、指導要領にある「規律」「公共心」など幅広い内容を要求された。

 平和教育は指導要領に明確な位置付けがない。社会科で第2次世界大戦の歴史を学ぶことや、道徳で「世界の平和と人類の幸福に貢献する」との目標がある程度だ。永田教諭は「学力重視の傾向もあり、教科の授業時間の確保で精いっぱいになっている」と訴える。  広島市教委は本年度、新たな平和教育プログラムの検討に着手。小学校から高校まで体系的に原爆被害や国際社会での広島の役割を学ぶ教材を作る。国語や外国語など各教科とも関連づける。

 学校現場の工夫もある。南観音小では約5年前から被爆証言を聞く学習会に保護者の参加を呼び掛けている。家庭での親子の対話で理解を深める狙いだ。

 しかし、保護者の参加は少ない。7月11日の学習会は1人だけ。須賀卓也校長(54)は「被爆体験を聞いたことのない保護者もいる。PR方法を工夫したい」と力を込める。

県教委は未調査

 広島市が平和教育の改革を探る一方で、県全体への広がりは低調だ。県教委も教育施策の方針の中で平和教育に触れてはいるが、教育の中身よりも中立性や客観的な視点での指導を強調。県内の平和教育の実態調査さえしていないのが実状だ。

 県教育委員長を2000年から8年間務めた広島大の小笠原道雄名誉教授(教育哲学)は「平和な社会の実現は全ての教育活動の目的。広島の平和教育を世界に発信できるよう力を入れるべきだ」と自戒を込める。

 被爆から66年。被爆体験の継承を基本に、国際紛争や貧困などテーマは幅広い。平和を守る人材をどう育てていくのか。課題は多岐にわたる。

 小笠原名誉教授は「教職員独自の平和教育の蓄積も参考に多様な意見を取り入れ、県教委としても各学年でどう扱うのかを明確に示す必要がある」と提言する。

(2011年8月1日朝刊掲載)

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