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つなぐ~戦後70年 7・24周防大島 外入沖銃撃戦 歴史学び平和次代に 住民が15日講演会 

 太平洋戦争末期に山口県周防大島町外入沖であった銃撃戦を通して、古里の戦争史を振り返ろうと、地元で動きが広がっている。15日には小学校で講演会、銃撃戦のあった24日には慰霊祭が計画され、平和の尊さを学ぶ機会が設けられる。(久行大輝)

 1945年7月24日、旧陸軍船舶司令部(暁部隊)の輸送艇が外入沖で、米軍艦載機に銃撃され、5人が戦死、10人が負傷した。輸送艇は、広島市南区の宇品港から同町安下庄まで、兵士を運んだ帰りだったという。

 住民たちは、戦死者を供養するため、地区内に「五勇士慰霊の塔」を建立。住民の一人、故中原昭二さんを中心に供養を続けてきた。線香や花も絶えなかったという。中原さんは手記集で、漁師が重傷を負った兵士を柳井港まで漁船で運び、30年後にその元兵士が恩人探しに訪れた逸話を紹介するなどしてきたが、2010年12月に83歳で亡くなった。

 戦後70年を迎えて、住民団体「花の咲く夕日の里づくりの会」が、「地域で引き継がねば」と、24日の慰霊祭を準備してきた。慰霊塔のそばに説明板も設置する。メンバーで外入遺族会会長の中原利明さん(77)も「外入が騒然となったのを覚えている」と記憶をたどる。

 住民団体代表の木村庄吉さん(71)は、城山小に平和学習を持ち掛けた。児童34人が15日、校内で高齢者2人の話を聞いた後、慰霊塔を訪れる。木村さんは「平和の尊さを次代へ伝えたい」と話している。

(2015年7月4日朝刊掲載)

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