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社説・コラム

天風録 「70年前の「愛別離苦」」

 <わあ、いっぱい立っとる。さびしいけど、にぎやかじゃね>。夫を事故で亡くし、心沈む女性が子らの声でわれに返った。墓所の初盆の灯籠の列は、あまたの人が夫を思ってくれる証しなんだ―▲「別れからの出発」を題材にした随筆集に拾う。広島の青年僧たちが公募し、自ら編んで14年になる。悲しみを悲しみと知り、苦しみを苦しみと知る。そんな市井の人たちのつぶやき。仏教でいう愛別(あいべつ)離苦(りく)の姿である▲70年前の盛夏、想像を絶する愛別離苦がこの地に降り注いだ。人々は悲しむいとまもなく縁者を弔い、あるいは弔われることもなく焦土に埋もれて▲戦後70年の歳月を戦争の悲しみや痛みを忘れるためのものにしてはなりません―。おととい浄土真宗本願寺派の大谷光淳(こうじゅん)門主が原爆供養塔前で述べた。ピカを知る安芸門徒が、語り継ぐことに意を決したかもしれない▲本願寺教団が戦争遂行に協力したことも忘れてはいけない、と門主は念を押した。あの時代、教団は戦地に赴く兵士に「陣中名号」を授けて鼓舞し、門徒は軍に飛行機を献納した。忘れたい歴史を心に刻むことも必要だろう。「さびしいけど、にぎやかじゃね」と思える風景がやはりいい。

(2015年7月5日朝刊掲載)

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