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社説・コラム

『書評』 話題の1冊 本当の戦争の話をしよう 伊勢﨑賢治著 

脅威の正体 若者に語る

 「紛争解決請負人」を名乗る東京外国語大教授の新著。東ティモール、アフガニスタンといった世界有数の物騒な現場で、国際非政府組織(NGO)や日本政府代表の一員として武装解除に携わった著者が、福島の高校2年生18人と重ねた対話を書籍化した。集団的自衛権の行使を容認する「解釈改憲」が眼前の問題になる中、1月の刊行以来、1万7千部を売り上げた。

 「戦争はなぜ起きるか」という根源的な問いへの著者の答えは明確だ。「戦争はすべて、セキュリタイゼーションで起きる」。つまり「やられる前にやっちまおう」という意識が原因、というわけだ。「仕掛け人」が脅威の存在を説き、想定される犠牲を吹聴する。危機感を抱く「聴衆」の支持で、誰もが憎むはずの戦争という手段が合理化される。隣の高校の不良集団の乱入で文化祭をめちゃくちゃにされるかもしれないとおびえる進学校の生徒がどう動くか、という例え話は分かりやすい。

 戦争を望む政府(仕掛け人)が国民(聴衆)に語る「事実」には普遍性がある。著者は、第1次世界大戦の原因を分析した英国の国会議員が1928年に書いた本を引用する。「われわれは戦争をしたくはない」「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」「敵の指導者は悪魔のような人間だ」「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」…。「大東亜戦争」や「テロとの戦い」など、古今東西、同じ理屈が横行していることに心が寒くなる。

 世界の紛争現場での体験も豊富に盛り込んだ。著者の「対立を仕切る」という発想は、理想論や観念論に走りがちな平和構築という難問のヒントになる。毎週末、ジャズライブに出演するトランペッターでもある著者。素直に質問する高校生と歴戦の猛者の「セッション」ともいえる一冊だ。(石川昌義)(朝日出版社・1836円)

(2015年7月5日朝刊掲載)

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