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社説・コラム

『潮流』 閃光と音「忘れない」

■岩国総局長・山岡達

 「十二歳椎尾神社の山でききし原爆の閃光(せんこう)と音忘れない」

 岩国市の錦帯橋近く、椎尾八幡宮のある山での記憶が詠まれていた。市内の短歌グループが、本紙の地方版文芸欄に投稿してくれた作品の中の一つだ。

 岩国をはじめ、広島の爆心地から遠く離れたところで閃光を目撃したり、音を聞いたりした人は多い。

 詠んだのは中本節恵さん。当時、岩国国民学校(現岩国小)の6年生だった。爆心地から八幡宮までの距離は約36キロ。岩国の地の閃光と音の記憶についてもっと知りたくなり、本人が参加する短歌グループの例会を訪ねた。

 中本さんは、この4月に短歌を始めたばかりとのこと。初めて詠んだ3首のうちの一つに、70年前の体験が込められた。

 「ほかのことは忘れても、あの時のことは忘れない」。8月6日の朝、日課だった飛行機の燃料にするという松ヤニを集めるために、同級生たちとその山にいた。突然の閃光と「ドーン」という音に驚き、みな一目散に家に帰った。幼心には恐怖だけが刻まれたのだろう。それが何だったのか、しばらくの間、分からなかったという。

 同じ短歌グループには、さく裂した原爆を海を隔てた山口県周防大島町で目撃した人もいる。当時22歳だった藤本喜美江さんだ。

 「音が聞こえた後、広島の方向が赤くなり、黒く覆われた」と記憶をたどってくれた。藤本さんが自費出版した歌集の中にも、その光景を歌った一首がある。

 「忘れないあの日の爆音空一面真赤に染まり原爆のこと」

 2人の短歌には、共通した言葉がある。「忘れられない」ではなく「忘れない」。伝え残したいという意志を感じる。あの日から70年が近づく。記憶を次世代につながなければ、という思いを新たにした。

(2015年7月7日朝刊掲載)

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