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原発事故後の放射線防護 元内閣官房参与 小佐古敏荘

長期被曝 系統的対応を

 東京電力福島第1原発での原子炉事故は炉心溶融まで進み、大量の放射性物質が放出された。5カ月たった今も混乱は続いている。

 「原子炉事故時の緊急災害対策」は法令、内閣府の原子力安全委員会(安全委)の指針などに詳細な規定がある。だが今回は、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の非活用、安全委の機能不全など、整備された法令を十分活用できなかった。最大の原因は“人”の問題と考える。

 とりわけ政府の役人の専門性が希薄であった。1999年の東海村JCO臨界事故後には関係する役人も詳しく、専門的であった。それから12年がたち、役人の交代が数世代にわたり、経験、情報の伝承は困難であった。

 事故後5カ月が経過し、事故対応は復旧期に入っている。公衆の放射線防護には深い考察が必要である。広域の環境汚染、食品などの汚染を完全に排除することは困難で、小さいが、長期の被曝(ひばく)状況を受け入れざるを得ない状況となる。国際放射線防護委員会(ICRP)はこの状況を「現存する被曝状況」と呼び、放射線防護の指針を定めている。

 現在の公衆の長期被曝状況に対しては、これらの考え方を展開し対応すればよい。ホウレンソウ、小魚、地域の空間線量、小学校校庭での空間線量、がれきの処理、茶葉、食肉の汚染など、個別事項が現れるたびにバラバラに対応しているが、一貫した考え方で対処すべきであろう。ただし基準の適用には現場の意見反映が必要で、ステークホルダー(利害関係者)との調整を経た、最適化を図りつつ行う必要がある。

 環境影響への対応も、系統的な対応を図るべきだ。行政側は分かりやすく国民に発出し全体の工程表を明示する必要がある。以下にまとめた。

 (1)大気、気圏からの影響。放射性雲が運んだダストは既に降雨などにより放射性降下物として地上沈着している。その影響や、再浮遊し舞い上がる可能性を検討する。

 (2)陸圏への影響。地表へ沈着した核種は早期の調査、公表がいる。汚染マップは以降の各作業の基礎となる。居住生活圏、農耕地、牧草地、森林部に関連するものも必要になる。移行状況を適時把握し、行政庁は農畜産物への影響を常に予測し、早めの対策と注意喚起、指示の発出が肝要である。

 (3)水圏への影響。炉心冷却用に注入された冷却水や海水が海洋に流出した例もある。降雨で水系に流入した降下物の掌握もいる。地下水汚染、海底堆積物の汚染評価に加え、それらが藻類や軟体動物などの水生生物に及ぼす影響の見積もりも必要だ。

 森林の落ち葉などに蓄積された放射能は長期にわたり、放射能の源となり河川の汚染を引き起こす。川底堆積物となり一種の〝濃縮”が起こる可能性を排除すべきではない。省庁間でそごがないような留意がいる。

 (4)放射能の環境汚染からの食品への影響評価。現在は、食品中の重要核種はセシウムが主要だが、セシウムは半減期30年の137以外にも、半減期2年のセシウム134がある。これ以外では半減期29年のストロンチウム90がある。この核種は内部被曝時に親骨性であり留意の必要がある。空中飛散は広範囲に及ばないが、冷却水が海洋に行き、海水、海底土を汚染する。海藻、貝など海底に生息する魚類の調査などがいる。

 (5)行政側は、公衆の被曝線量評価と健康への影響の見積もりを適時評価し、公表すべきであろう。福島県以外での線量評価も国、県などの仕事となる。

 (6)事故後の環境・健康影響評価は、客観性、公平性を確保するためにも国際原子力機関(IAEA)などとの国際協力による評価、検討が必要となろう。特にロシアの情報は有益で、早期の政府の対応が肝要である。

こさこ・としそう
 東京大工学部卒。東大の大学院博士課程修了後、東大の助手、助教授を経て2005年から東大大学院教授。専門は放射線安全学。1993~05年までICRP委員を務め、日米原爆線量再評価委員会の委員、内閣府の原子力安全委員会の専門委員を歴任。福島第1原発事故後には内閣官房参与に就任。だが、子どもの被曝対策などへの政府の対応を批判、4月末に辞任した。広島県府中町出身。61歳。

(2011年8月5日朝刊掲載)

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