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「原爆・平和」出版 この一年 フクシマ問い 次代が行動

 被爆体験の継承や核兵器廃絶の実現を目指し、この一年も多くの「原爆・平和」関連の本が出版された。高齢化する被爆者自身ではなく、次世代や研究者らが体験を聞き書きし、作家らが物語を通して平和への願いを伝えようとした。以前出版した本の復刊もあった。背景にあるのは、3月に起きた福島原発事故。放射能被害の恐ろしさに直面する今、多くの本が平和への行動を問い掛けている。=敬称略

核に抗する

原発大国の政策に警鐘

 地震被害と原発事故で苦難が続く東日本の被災地。原爆から立ち上がったヒロシマの歩みを希望にしてもらおうと、元広島市長浜井信三の復興への取り組みをつづった「原爆市長」(シフトプロジェクト)が5年ぶりに復刻された。新たに写真と放射線の影響の解説、年表などの資料を加えて再編集。一部は発行支援者により被災地に贈られた。一方、震災後に急きょ執筆された川村湊「原発と原爆」(河出書房新社)は、「ゴジラ」など原子力を扱った映画や、原発を舞台にした小説を解説しながら、作業員らの犠牲を強いる原子力重視のエネルギー政策に警鐘を鳴らす。

 いまだ定まらない核兵器廃絶への道。日本平和学会編「『核なき世界』に向けて」(早稲田大学出版部)は、広島市立大広島平和研究所教授の水本和実ら専門家8人の論文を収録。具現化への多角的なアプローチを示す。日本国際政治学会編「『核』とアメリカの平和」は九つの論文で米国の核政策をみる。

 一方、春原剛「核がなくならない7つの理由」(新潮社)は核の闇市場や、クリーンエネルギーを隠れみのにした核拡散などを解説。堤未果「もうひとつの核なき世界」(小学館)も劣化ウラン弾、「核の傘」問題とともに、原発大国である日本の核に対する姿勢を問う。

 国内を省みれば、在日米軍の存在がある。藤目ゆき「女性史からみた岩国米軍基地」(ひろしま女性学研究所)は米兵による性暴力の問題から在日米軍を考察した。「地域から平和をきずく」(晃洋書房)では、前岩国市長の井原勝介が、基地問題の横たわる市の現状を報告した。

 草の根の活動紹介では、丸浜江里子「原水禁署名運動の誕生」(凱風社)は、ビキニ環礁での水爆実験を機に東京都杉並区から全国へ広がった住民運動の歴史をまとめた労作だ。

 原爆投下の真相をめぐる研究も。木村朗、ピーター・カズニック「広島・長崎への原爆投下再考」(法律文化社)は、日米の研究者2人が原爆投下の必要性を史実に基づき検証する。古川愛哲「原爆投下は予告されていた」(講談社)は、原爆犠牲者に政治家や高級軍人が少ない点に注目し、原爆投下と終戦工作の謎に迫った。

記憶の継承

被爆の体験 地道に聞く 

 「原爆が消した廣島」(文芸春秋)は、コンピューターグラフィックス(CG)を使い、被爆前の街並みの復元に取り組む田辺雅章が、自身の「あの日」の記憶と映像に込めた思いをつづった。竹岡智佐子「ヒロシマの宿命を使命にかえて」(スピークマン書店)、八木義彦「ヒロシマを変えた空」も被爆の体験とともに戦後の苦難を伝える。

 被爆者から体験を聞き書きする取り組みも広がる。大西知子「命かがやいて」(東信堂)は、被爆直後、御幸橋で撮影された写真に写っていた河内光子(旧姓阪本)の体験記。広島大文書館編の「被爆の思い出・戦争の無い世界を」は、旧制広島一中で被爆した原井郁雄の被爆体験と戦後生活を聞き取った。今石元久「原爆と日常」(溪水社)は被爆証言の〝語り方〟などに着目した。

 「広島に聞く 広島を聞く」(かもがわ出版)は、広島市立大広島平和研究所前所長の浅井基文による広島県被団協理事長の坪井直ら16人へのインタビュー集。大塚茂樹「まどうてくれ 藤居平一・被爆者と生きる」(旬報社)は、反核運動の原点である日本被団協初代事務局長の評伝だ。「被爆を生きて」(岩波書店)は、長崎での被爆体験を書いた「祭りの場」で知られる芥川賞作家、林京子の歩みと作品のインタビューである。

 新日本婦人の会広島県本部の「木の葉のように焼かれて」は第45集。19人の手記や聞き書きを収めた。「被爆とその後の歩み」は旧制崇徳中の卒業生17人の手記。「後世に伝える戸山の記憶」は広島修道大生が広島市安佐南区戸山地区の被爆体験を聞き取った。愛媛県原爆被爆者の会は被爆2世を含む39人に聞き書きして「被爆―この命尽きるとも」にまとめ、体験の継承を願う。

 体験を研究対象とする試みもある。沢田愛子「原爆被爆者三世代の証言」(創元社)は、被爆者を子、孫の3代にわたって調査し、被爆の心の傷の伝わり方を分析。福間良明「焦土の記憶」(新曜社)は、戦争や被爆の体験がいかに語られてきたかを見詰め、戦後日本の言説とのねじれを検証している。

物語を紡ぐ

広島3代 那須さん新作

 被爆体験のある防府市在住の那須正幹は、広島市で3代にわたりお好み焼き店を営む女性たちを主人公に、広島の戦後を3部作で描いた「ヒロシマ 歩きだした日」(ポプラ社)などを刊行した。広島市在住の井上雅博は母の被爆体験を基に、被爆した姉と少年の物語「この空の下で」(朝日学生新聞社)を紡いだ。

 集英社は「コレクション戦争×(と)文学」の刊行をスタート。初回配本の「ヒロシマ・ナガサキ」には原民喜「夏の花」など16編を収めた。野木京子「空を流れる川」(ふらんす堂)は一昨年中国新聞に連載したヒロシマをめぐるエッセーをまとめた。ノートルダム清心中・高教諭の緒形隆之が翻訳した「ペドロ・アルペSJ伝」は、広島で被爆者の救援に尽力したイエズス会神父の姿を伝える。

 広島の元教諭らによる「観光コースでない広島」(高文研)は、ヒロシマが刻んだ再生の歴史を伝える。阿部真人・雅子「原爆を伝える子どもの文学」(溪水社)は広島ゆかりの作家7人の原爆児童文学を論じた。近藤蒼一郎編「地球が消滅する日」(蒼洋出版新社)は、被爆者10人の体験談に、広島市出身の作家大下英治らの原稿を交えた。

 指田和の「海をわたったヒロシマの人形」(文研出版)は、米国の女性が大切に守った人形の物語。大門高子「やくそくのどんぐり」(新日本出版社)は、広島共立病院名誉院長の丸屋博と、ある韓国人被爆者の交流を描いた絵本だ。

 千葉県在住の写真家しゃっせただおの写真集「原爆ドーム―被爆33年後の痕跡は訴える」は、1978年撮影のドームの姿を今に届け、被爆の痕跡に思いを誘う。江成常夫「鬼哭(きこく)の島」(朝日新聞出版)はテニアン、硫黄島など15の島々に残る戦争の傷痕を撮影した。

 原発事故を受け、広島市在住の中沢晶子「あしたは晴れた空の下で~ぼくたちのチェルノブイリ」(汐文社)が復刊された。中沢啓治「クロがいた夏」(DINO BOX)も約20年ぶりに復刊した。(伊藤一亘)

(2011年8月6日朝刊掲載)

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