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日中友好の先人 しのぶ書 井原へ 内山完造 生誕130年 26日、寄贈式と講演

 中国の文豪魯迅たちと交流を深め、日中友好協会の初代理事長を務めた井原市芳井町出身の内山完造(1885~1959年)の生誕から、ことしで130年となる。住民グループ先人顕彰会・井原は26日、内山をしのんで中国の文学者がしたためた書を市に寄贈するほか、記念講演会を開く。(小川満久)

 書は、内山の逝去から3年後に、中国の政務院副総理を務めた文学者の郭沫若が直筆した追悼詩で、「生涯、中国人民の友であった」などと記されている。保管していた県が節目のことし、同会に譲渡。同会は市民に知ってもらおうと額装、市への寄贈を企画した。寄贈式は26日午後1時半から地元の芳井生涯学習センターで開く。

 寄贈式に続き、福山市日中友好協会会長で、上海魯迅記念館客員研究員の佐藤明久さん(65)が講演。内山が上海の内山書店を拠点に、著書「阿Q正伝」「藤野先生」で知られる魯迅や郭沫若と交友を結び、戦後も両国友好に尽力した生涯を紹介する。入場無料。

 同会は、2001年に発足した前身の内山完造顕彰会時代から、内山の銅像建立、伝記漫画の発行に取り組んできた。片岡良仁幹事長(61)は「節目の年に、日中両国の懸け橋となった郷土の先人に思いをはせ、両国関係の在り方を見詰め直すきっかけにしてもらえればうれしい」と話している。

内山完造
 1885年、後月郡吉井村(現井原市芳井町吉井)で誕生。1913年に、田口参天堂(現参天製薬)の出張員として上海に渡った。17年に開業した上海内山書店は魯迅ら日中の作家が集うサロンであり、魯迅や郭沫若が国民党政府に追われた際は隠れ家を提供するなど支援した。書店が接収されて帰国した戦後も、中国残留邦人の引き揚げ交渉や日中友好協会設立などに奔走。59年、療養に訪れた北京で死去した。中国では教科書に掲載され、広く親しまれている。

(2015年7月21日朝刊掲載)

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