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[戦後70年 県北から] 被爆の惨状 歌にし配る 庄原の森永さん 平和願うCD 1000枚目標

 広島県庄原市本村町の主婦森永真由美さん(73)が、5年前に作詞した原爆の惨状を伝える歌「幻影ヒロシマの空」のCDを無料で配り続けている。「あの日を忘れてほしくない」との思いから、8月6日に元安川(広島市中区)である「とうろう流し」の会場などで計400枚を配った。(山本堅太郎)

 「瞼(まぶた)閉じればヒロシマの 地獄絵巻の八月六日」「笑顔を残して手を振って 二度と逢(あ)えないお父さん」。原爆で家族を失った被爆者の気持ちを代弁するつもりで歌詞をつづった。曲は、田辺昇さん(75)=庄原市峰田町=が付けた。演歌歌手かや乃舞さんが歌う。

 森永さんは3歳の時に入市被爆した。当時の記憶はなく、その事実を知ったのも戦後40年以上たった1986年ごろだ。

 きっかけは亡くなった父宛てに届いた手紙。原爆投下の2、3日後、父の安否を確認するため、母と幼い森永さんが疎開先の三次市から、父がいた陸軍船舶司令部(現在の広島市南区)を訪れた様子の記述があった。

 森永さんは「母は『隠していてごめん』と泣いて謝った。でも当時は、自分が被爆者だったというショックしかなかった」と振り返る。87年に被爆者健康手帳の交付を受けた後も、入市被爆者であることは伏せていた。

 しかし、被爆者の高齢化が叫ばれるようになり、「自分も何かしなくては」と決意。趣味の作詞活動で原爆の悲惨さを残そうと、「幻影ヒロシマの空」をつづった。

 2011年から毎年、自費でCD100枚を作り、広島市や庄原市などで配布。ことしは体調がすぐれないことなどもあり、50枚にとどめた。

 森永さんは「子や孫が平和な世界で暮らせるよう祈りつつ、千枚を配ることが目標。これが私にとっての千羽鶴ですから」と力を込める。希望者には無料で渡す。森永さんTel0824(78)2103。

(2015年7月21日朝刊掲載)

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