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社説・コラム

社説 防衛白書 「対話の力」を忘れるな

 日本の行く末を左右する安全保障関連法案の参院審議入りを前に、2015年版の防衛白書が公表された。集団的自衛権の行使に前のめりな安倍政権の意向を、色濃く反映しているように思える。

 中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発に懸念を示すとともに、過激派組織「イスラム国」にも初めて触れ、テロへの警告を発した。例年にもまして日本の安全保障環境の厳しさを強調する内容といえよう。

 冒頭の「概観」においては中国や北朝鮮、ロシアの動向に触れた。領土や主権、経済権益をめぐるグレーゾーンの増加と長期化を指摘した。その点において記述に誤りはない。

 続いて中国の動向分析に多くのページを割いたのも無理からぬところだろう。南シナ海での岩礁埋め立てのような力による現状変更の試みを「高圧的」と断じ、沖縄県・尖閣諸島周辺での領海侵入も挙げた。さらに東シナ海の「中間線」付近での中国による一方的なガス田開発については、自民党国防部会の要請で記述を増やしたという。

 中谷元・防衛相は白書を公表した記者会見で「急速に変化している安保環境に対応するため法律の整備が必要」と述べた。こうした記述を、反対の声が強まるばかりの法案への支持につなげたい意図が見て取れる。

 日本を取り巻く状況が厳しさを増しているのは確かだ。警戒を怠らない姿勢も分かる。しかし一つ言えるのは、中国や北朝鮮への対応はそもそも個別的自衛権の範囲に収まることだ。安保法案とは切り離して論じるべきではないのか。

 白書は本来、客観的な情勢分析であるべきだ。なのに安保法案の提出経緯や概要を先取りして詳細に伝えているのは、政治利用が過ぎよう。安保法案は、いまだ衆院通過という国会手続きの半分を終えたにすぎず、このまま政府案が通るとは言い切れない。

 時の政権に都合のいい記述ばかりでは、白書の役割から明らかに外れていよう。

 沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐっても政府の言い分を書くだけで、地元の反対が強く対立が続くことに触れなかった。垂直離着陸輸送機オスプレイに安全性への不安があることも言及していない。

 一方で4月に改定した日米防衛協力の指針(ガイドライン)の概要や、離島奪還作戦に向けた陸上自衛隊の水陸機動団の新編成を誇らしげに伝える。バランスを欠いてはいないか。

 戦後70年の節目に、日本と中国の関係には改善の兆しが出ている。両国の防衛当局も今年1月から、衝突防止のための「海空連絡メカニズム」の協議を始めている。まさに話し合いによって不測の事態を避ける現実的な手段である。こうした取り組みこそ、白書でもっと詳しく紹介し、両国民にアピールすべきではなかったか。

 国際環境が複雑化した時代だからこそ、対話も含む臨機応変な外交力が求められるはずだ。イスラム国のような非国家の国際テロも、力で封じ込めることが難しいのは、泥沼化した現地の情勢からも明らかだ。

 平和国家の日本にとっては非軍事のアプローチも当然、必要だ。その姿勢を、国内外にもっと示すべきである。

(2015年7月23日朝刊掲載)

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