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社説・コラム

社説 東電元会長ら強制起訴へ 法廷で真相に迫りたい

 日本を揺るがし、無数の人を苦しめる重大事故を起こしながら、なぜ誰も罪に問われないのか。福島の被災者の憤りを率直に反映した決定ともいえる。

 東京電力福島第1原発事故をめぐり、業務上過失致死傷容疑で告訴・告発されながら東京地検が「不起訴」としていた同社の勝俣恒久元会長ら旧経営陣3人について、市民から選ばれた東京第5検察審査会が「起訴すべきだ」と再び議決した。

 2度にわたり検察の判断を覆したことで、強制起訴の手続きによって法廷で刑事責任が問われることになる。市民感覚を生かす―。司法制度改革の一つとして2009年から導入された検察審査会の権限強化の本領にほかなるまい。

 「やっとここまで来た」と、告発した団体がしみじみ言うのも分かる。むろん強制起訴イコール有罪ではないことは、陸山会事件や尼崎脱線事故をめぐるJR西日本歴代社長の裁判から明らかであり、制度の限界も指摘されている。企業に刑事罰を科す仕組みのない日本で、トップ個人の刑事責任を問うことの難しさも確かにある。

 しかし、この原発事故に限っていえば公開された法廷の場で事故に至るプロセスが審理されること自体に、かつてなく大きな意味があるはずだ。

 「原発事故の死者ゼロ」と言い繕う向きもあるが、避難途中で衰弱死した入院患者もいれば将来に絶望して命を絶った人たちもいる。その無念に応えるためにも、刑事裁判で真相に迫ることを望みたい。

 あの日の大津波による全電源喪失を未然に防ぐ手だては本当になかったのか。検察官役となる弁護士は事故当時の状況や安全対策を徹底検証する必要がある。今回の議決の指摘が、そのまま公判の争点となろう。

 何より08年の段階で、東電が第1原発の敷地南側で最大15・7メートルの津波襲来を試算していた点をどう見るかである。元会長らを不起訴とした東京地検は、その点には重きを置かなかった。東日本大震災による津波は東電の言い分通りに「想定外」としたからだ。

 しかし検察審査会の判断は違う。「津波の可能性を目をつぶって無視していたのに等しい」と厳しく指弾した。そして小型発電機を高台に置くなど、事故を予見して電源喪失を防ぐ措置を取らなかった責任は経営陣にあるとして3氏の過失を認定した。原発に関わる責任ある地位の人間ならば、万が一の事故に備える「高度な注意義務」があるとの理由である。

 加えて安全対策よりも経済合理性を優先させた東電を批判したのも目を引く。まさしく再稼働ありきで突き進む日本の原発政策に向けての重い問い掛けでもあるのではないか。

 元会長らの裁判は大きな注目を集めよう。おのずと東電側の姿勢が問われてくる。

 被災者に誠意を持って対応すると言いつつ、肝心な賠償については膨らみ続ける負担を抑えようと政府とともに打ち切りに向けて動きだしている。そうした状況の中で、3氏の裁判に正面から向き合わなければ被災者との溝は深まるばかりだろう。

 退任した経営者個人の問題ではない。会社として関係資料の提供や社員の出廷などに積極的に協力すべきである。

(2015年8月1日朝刊掲載)

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