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著者に聞く 「被爆樹巡礼」 杉原梨江子さん 木の生命力 人々に勇気

 爆心地から約2キロ以内で被爆し今も生き続ける木々を、広島市は「被爆樹木」として登録している。58カ所で約170本。その一本一本を訪ねて撮影し、所有者や関係者の証言を集めた。幹の爆心地を向いた側に幾筋も亀裂のあるイチョウ。火傷で生じた空洞を樹皮が覆いかけているクスノキ。「木は何も言いませんが、その痕跡によって原爆の残酷さを伝えています」

 被爆2世のいとこの死が、きっかけだった。爆心地に近い本川小(広島市中区)の教諭だったいとこは、がんと宣告されて3カ月後、40歳で亡くなった。最後に会った時の言葉が「ヒロシマを繰り返しちゃあいけん」

 そのいとこが生前、本川小の校庭に立つニワウルシを題材にした曲の作詞をしていたことを後に知った。被爆翌年の春、焼け跡の土の中から芽を出した木である。2008年、東京から通って被爆樹木を撮り始めた。これまでに20回は通った。

 「焼け野原に芽吹いた小さな緑に、人々は勇気づけられたといいます。人間と同じ命がそこにあるだけで、絶望の中にいる人間の生きる勇気となる。木にはそういう力があります」

 「木は人を救う」。自身の体験から生まれた信念だ。「10年以上前、仕事上の出来事をきっかけに、人と話すのが恐ろしくて、家に閉じこもるようになりました。そんな時、近くの公園のイチョウの幹から出た新芽の緑を見て、気が付きました。命が脈々と受け継がれていくこと、自分の命もまた同じであること…。全ての人々への感謝と、前を向いて生きていこうとする気持ちが生まれました」

 苦しみ抜いて2年、木の生命力によって人間が再生できることを伝えようと、執筆活動に入った。日本の木の文化、木に関する世界の神話、伝承…。巨樹や聖樹、草花をテーマにした著作は8冊になる。

 「私たちが死んだ後も、被爆樹木は長く生き続けて、被爆の事実や平和の尊さを伝えてくれる。そんな被爆樹木を皆さんに知っていただくのが願いです」(客員編集委員・冨沢佐一)(実業之日本社・1836円)

すぎはら・りえこ
 1965年府中市生まれ。文筆家。編集者や図書館司書などを経て執筆活動に入る。著書に「聖樹巡礼」など。

(2015年8月2日朝刊掲載)

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