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爆心地 やかんに拾った遺骨 旧材木町 平野さん体験を語る 広島

 原爆で壊滅し、今は平和記念公園(広島市中区)となった旧材木町の元住民で、被爆者の平野隆信さん(79)=安芸高田市=が1日、公園内で体験を証言した。被爆死した父親の遺骨を拾い集めた、やかんを持参。「町の営みも風景も一瞬で消えて無念だ」と訴えた。(和多正憲)

 爆心地に近い旧中島地区の記憶をたどる市民有志主催の証言会に招かれ、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館で約80人に語った。

 「これが父の遺品になりました」と直径20センチ、高さ10センチの鉄製のさびたやかんを紹介した。1945年8月14日、9歳だった平野さんは、疎開先の八千代町(現安芸高田市)から祖母とともに実家へ。焼け跡で父親とみられる遺骨と、戦前に病死した母親や父親が愛用した家族の思い出のやかんを見つけたという。「これに骨を入れて持って帰ろうと祖母に言われた。涙は出なかったが、怖くて膝ががくがく震えた」と振り返った。

 平野さんは戦後も八千代町で暮らし、被爆者として差別されるのを恐れ、旧材木町に住んでいた過去を周囲に黙っていた。転機は2011年の福島第1原発事故。新たな核被害に、「ヒロシマの人間が被爆者であるのを隠してはいけない」と、広島市の被爆体験証言者に応募したという。

 証言会後には、原爆慰霊碑近くにあった自宅跡を訪れた。「公園の下に、多くの死者が眠っているのを忘れないでほしい」。そう願った。

(2015年8月3日朝刊掲載)

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