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因島空襲 継承の芽続々 本紙連載 反響広がる 中学生、祖母から聞き取り 尾道

 1945年3月と同7月の2度にわたる尾道市因島の空襲について取り上げた本紙連載「びんごの70年 因島空襲」の反響が地元で広がっている。曽祖父が犠牲となった重井中の女子生徒は祖母たちから当時の状況を聞き取った。また、同校は初めて、体験者を招いた平和学習を6日に開く。(新山京子)

 連載は7月21~25日の尾三面に掲載。軍需工場だった日立造船因島、三庄の両工場が狙われ、戦闘機の攻撃で従業員や住民たちが命を落とした実態や、惨禍を継承しようとする若者を紹介した。

 重井中2年村上もも花さん(13)=同市因島重井町=は連載を読み、70年前の7月の空襲で32歳で亡くなった曽祖父小丸正人さんについて調べた。今月1日、祖母祥子さん(72)と、祖母の姉の小丸由紀子さん(75)から、因島工場の防空壕(ごう)に爆弾が直撃して亡くなった状況や人柄などを初めて聞いた。

 聞き取った話をまとめ、中国新聞「みんなの新聞コンクール」に応募するという。もも花さんは「突然家族を失った祖母たちの悲しみを初めて知った。戦争の悲惨さを伝えたい」と話す。

 重井中は6日、連載で因島工場の被害を証言した星野正雄さん(88)を招き、全校生徒62人が学ぶ。

 また、同市因島三庄町に当時住んでいた福本里江さん(79)=同市向島町=は、爆弾が住宅に落ち、同世代の子どもががれきの下敷きになって死んだことや、祖父母たちから聞いた、島の収容所の英国人捕虜の生活について、7枚の便箋にまとめた。「長年、記録に残そうと思っていたが機会がなかった。平和への思いを後世に継承するために役立てたい」と話している。

(2015年8月4日朝刊掲載)

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