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社説・コラム

天風録 「ピースナイター」

 青い空の下、白球が飛んでいく。投げて打って走って、その姿を歓声が包む。「ベースボールほど愉快にてみちたる戦争は他になかるべし」。120年余り前、伝わって間もない球技に熱狂した正岡子規は、そうたたえた▲ここには憎しみも流血もない。平和な競技である。ところがその後、日本は本当の戦争に突き進み、破滅への道を歩んでいく。野球はもちろん、自由な語らいやおしゃれもままならぬ時代の到来。一億玉砕が叫ばれた▲広島は70年前、火球に襲われる。幼子やお年寄りも焼かれ、放射線を浴びせられた。長く草木も生えないとされた被爆地。だが5年後に市民球団が産声を上げる。弱くとも見守り、たる募金で支えて。心のよりどころだった▲きょう球場で鎮魂の夕べがある。われらのカープは全員が「86」を背負い臨む。胸に「PEACE」、帽子にハトの刺しゅう。先発は広島育ちのルーキー薮田和樹投手である。被爆した祖母への思いも力になるだろう▲球児たちの夏も、きょう幕開け。100年の節目でも戦争に一時、奪われたために97回大会である。野球を楽しめる時代に生きる私たち。平和の尊さをかみしめて、犠牲者を悼む日にしなければ。

(2015年8月6日朝刊掲載)

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