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社説・コラム

『この人』 8月6日の朝を撮り続けるフリーカメラマン 浦田進さん 

「祈りの手」通じ共感を

 使い込んだフィルムカメラで捉えるのは「祈りの手」。数珠を掛けていたり、しわが刻まれていたり。故人をしのぶ悲しみや平和への意志を感じながら6日朝、原爆慰霊碑(広島市中区)のそばでシャッターを切り続けた。もう7年目。「祈りの場に若者が多いのがことしの印象。被爆の記憶の風化が言われる中、希望の朝になった」

 益田市で4歳まで育ち、関西を経て11歳から東京に。大学4年で写真に興味を持ち「表現者」を志した。卒業後に専門学校で学び、雑誌などの仕事をする傍ら休日には「今を切り取る」スナップ写真を狙う。

 漫画「はだしのゲン」の衝撃が忘れられず、2006年に初めて原爆の日に合わせてヒロシマを撮りに来た。日常の光景と、厳粛な平和記念式典や原爆資料館が伝える被爆の実態とのギャップに戸惑ったという。「過去の惨事を、自分の身に起きた出来事として想像するのがあまりに難しくて」

 以来、この時期に広島を訪ねる。撮影を通じて気付いたのが、老若男女の祈る姿だった。「広島の独特の光景。原爆の惨禍に向き合い過去や未来と対話する写真なら、悲しみや希望へ想像を広げやすい」。09年からこだわった「祈りの手」のモノクロ写真77枚を、ことし6月発行の写真集「8月6日の朝」(青弓社)に収めた。

 3年前に出会った、原爆で孤児となった被爆者の一言を胸に刻む。「被爆者は差別もされた。ゲンのように希望を持って生きた人がどれだけいたか」。つらい半生を語る被爆者の「使命感」に応える表現を模索する。東京都練馬区在住。(高本友子)

(2015年8月7日朝刊掲載)

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