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連載・特集

地場産業の戦後70年 観光 瀬戸内に活路 今も昔も 増える外国人客 追い風に

 海はそのまま残っているじゃないか―。当時も旅客船業を営んでいた瀬戸内海汽船(広島市南区)の故仁田竹一社長は、原爆で焼け野原になった戦後の広島でどんな事業を手掛けるべきかに思いを巡らせ、こう話したという。

 竹一氏が目指したのは、瀬戸内海に観光ルートをつくることだった。19世紀にはドイツ人医師シーボルトたちが船で旅して称賛した多島美。一帯は1934年、日本で初めての国立公園に指定されていた。

 終戦から1年後の46年8月。竹一氏は瀬戸田町(現尾道市)の耕三寺で「瀬戸内海文化連盟懇談会」を開催し、集まった人たちと船で島々を回る企画を立てた。これをきっかけに瀬戸田町などへの航路を開設した。長男で後に社長を務めた仁田一也相談役(85)によると、竹一氏は「瀬戸内海の文化を売り出す観光こそが将来の生きる道だ」と語っていた。

初夢に賛同者 復興進む広島

 広島の街も少しずつ復興が進んだ。53年の正月に放送されたラジオ番組。「広島に立派な公会堂とホテル、物産陳列館を造りたい」。山陽木材防腐(現ザイエンス)の故田中好一会長は、番組内で「初夢」を熱っぽく語った。しかし、復興事業に追われる広島市は財政難。田中会長の願いは夢のまた夢だった。

 そこに思わぬ声が掛かる。放送を聞いた東洋工業(現マツダ)の故松田恒次社長から田中会長に「われわれで公会堂を建てよう」と電話があった。2人の呼び掛けに、中国電力、広島銀行、広島相互銀行(現もみじ銀行)、広島電鉄、広島ガス、藤田組(現フジタ)、中国醸造、中国新聞社が賛同した。

 10社は53年に二葉会を設立。55年3月、平和記念公園内に市公会堂を完成させ、市に寄付した。併設した新広島ホテルも広島初のホテルとして同月開業し、リーガロイヤルホテル広島(中区)の前身となった。

 高度成長期に入ると、旅行やレジャーに出掛ける人が増えた。宮島(廿日市市)では59年、広電の子会社の広島観光開発が、弥山の山頂近くまで上る宮島ロープウエーを開業した。目立たないように上り口を島の内陸部に設け、景観に配慮したという。

 元広電社長の奥窪央雄さん(92)は運行用の設備を担当した。「宿に1週間ほど泊まり込み、深夜まで作業をした。山を登るお年寄りの苦労を軽くしたかった」と振り返る。

 宮島は70年代、団体客や修学旅行生であふれた。平和学習のため原爆ドームや平和記念公園を巡り、宮島に泊まるコースが定着した。学生時代、帰省して実家の老舗旅館「錦水館」を手伝った武内恒則社長(61)は「25の部屋と大広間に、多い時は300人の生徒が泊まり、1人に1畳ほどのスペースしかなかった」と盛況ぶりを懐かしむ。

 宿泊施設の新築や改築も相次いだ。80年、錦水館の常務だった武内社長は、鉄筋5階建てのホテル(現錦水別荘)を新設した。

豪華船を投入 本州-四国間に橋

 瀬戸内海汽船は本州と四国を結ぶ架橋計画が具体化した頃から定期航路の利用減を見込み、豪華周遊船を投入した。79年、革張りのソファやバーを備えた「南十字星」を就航。84年には、船内でフランス料理やカラオケが楽しめ、結婚式やファッションショーも開ける「銀河」の運航を開始した。仁田相談役は「顧客を掘り起こす努力を重ねてきた。瀬戸内海を国際的な観光地にしたかった」と明かす。

 バブル期の前後には、中国地方でも企業や自治体がリゾートやテーマパークを相次ぎ建設した。安芸高田市と美祢市にオープンしたニュージーランド村や、呉市などが出資する第三セクターが開業した遊園地の呉ポートピアランドはいずれも経営に行き詰まった。

過去最多更新 世界遺産に登録

 96年には、宮島の厳島神社と原爆ドームが世界遺産に登録され、海外からの旅行者の注目も集めるようになる。そして今、円安を追い風に外国人観光客はさらに増え、広島県を昨年訪れた外国人観光客は初めて年間100万人を突破した。日本人を含めた全体の観光客数も6181万人と過去最多を更新した。山口県を昨年訪ねた観光客数も計2900万人と高水準だ。

 161年の歴史を持つ宮島の老舗旅館「岩惣」は、5年ほど前から英語を話せる従業員の採用に力を入れ、約40人のうち半数に増やした。「時代に合わせて柔軟に対応し、海外のお客さまの要望に応えたい」と女将(おかみ)の岩村玉希さん(40)。今春、英語版のホームページで予約できるサービスも始めた。

 広いエリアで集客を増やすために周遊ルートの開発も欠かせない。広島、山口など瀬戸内7県でつくる観光推進組織は、来年4月をめどに一般社団法人に移行し、より幅広い事業展開を目指す。金融機関も巻き込んでツアーや特産品の開発を後押しする。「名所だけではなく、地方の文化に触れる観光と地域おこしにつなげ、世界に発信してほしい」。中国経済連合会の観光文化委員長も務める瀬戸内海汽船の仁田相談役は、かつて戦後すぐに父が掲げた理念を代弁する。(境信重)

観光産業の主な出来事

1946年 8月 瀬戸内海汽船の故仁田竹一社長が、尾道市瀬戸田町の耕三寺
         で瀬戸内海文化連盟懇談会を開催
  53年 1月 ラジオ番組「新春座談会」で、山陽木材防腐(現ザイエン
         ス)の故田中好一会長が、広島に公会堂とホテルを建設する
         夢を語る。地元企業10社が寄付に協力
  55年 3月 広島市の平和記念公園内に広島市公会堂(現広島国際会議
         場)が開館。併設の新広島ホテル(現リーガロイヤルホテル
         広島)が開業
  59年 4月 広島電鉄の子会社、広島観光開発が宮島ロープウエーを開業
  75年 3月 山陽新幹線が全線開通
  79年 5月 瀬戸内海汽船が豪華周遊船「南十字星」を就航。84年4月
         には「銀河」も就航
  79~80年 宮島で宿泊施設の新築、改築相次ぐ
  84年 4月 広島県の大型観光キャンペーン「Sun Sunひろしま」
         始まる
  88年 4月 瀬戸大橋が開通
  89年 7月 ’89海と島の博覧会・ひろしま開幕
  90年 7月 安芸高田市と美祢市にニュージーランド村がオープン(安芸
         高田市は2008年8月、美祢市は05年11月で閉園)
  92年 3月 呉ポートピアランド(呉市)が開園(98年8月休園)
  93年10月 三原市で広島空港が開港
  94年 4月 リーガロイヤルホテル広島が開業
  96年12月 原爆ドームと厳島神社が世界遺産に登録
  97年    大河ドラマ「毛利元就」の放映と厳島神社の世界遺産登録が
         追い風となり、宮島で観光ブーム▽7月 倉敷チボリ公園が
         開園(2008年12月閉園)
  99年 5月 瀬戸内しまなみ海道が開通
2014年 3月 瀬戸内海を舞台に広島、愛媛両県が共催する博覧会「瀬戸内
         しまのわ2014」が開幕
  15年 7月 広島や山口など瀬戸内7県でつくる観光推進組織「瀬戸内ブ
         ランド推進連合」が、16年4月をめどに一般社団法人「せ
         とうち観光推進機構」に移行する方針を発表

(2015年8月8日朝刊掲載)

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