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社説・コラム

天風録 「長崎の被爆クスノキ」

 決して朽ちずに、決して倒れずに。被爆2世の福山雅治さんのファンなら訪れたくなる「聖地」がある。長崎市の山王神社にある樹齢数百年のクスノキだ。昨年、題材にした新曲が出るや全国区に▲爆心地から800メートルにありながら爆風と熱線に耐え、戦後70年を生き抜いてきた巨木。被爆から程なく新芽を出し、打ちひしがれた人たちに勇気を与えた物語が語り継がれる。自らを重ねる若者も多いのかもしれない▲原爆の日のきのうもテレビ局の格好の中継スポットだった。ただ老いを重ねる被爆者と同様、体がもたなくなりつつある。あの日の後遺症もあって内部が空洞化し、枯死の危機に。市も治療費の肩代わりを考えているという。間に合うのを祈りたい▲長崎の平和宣言では、原爆や戦争を知る人たちに「経験を語ってください」と呼び掛けた。記憶の風化への危機感からだろう。生き延びた木々も「無言の語り部」として出番があるはず▲広島でも被爆樹木の「巡礼本」が相次ぎ世に出た。中沢啓治さんも漫画にした広島城のユーカリもその一つ。台風で枝を失うたび再生してきた。その生きる力を語り継ぐために、アーティストが誰か歌にしてくれないものか。

(2015年8月10日朝刊掲載)

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