×

ニュース

被爆70年 強いメッセージ 「原爆・平和」出版 この1年

 あの日から70年を迎えたヒロシマ。被爆者の平均年齢は80歳を超え、記憶の風化は一段と進む。安全保障関連法案をめぐって平和憲法の根幹も揺らぎつつある。この1年も「原爆・平和」に関する多くの出版物が発行された。「戦後」が再び「戦前」とならないように―。先人が残した証言や原爆文学、ノンフィクション、論考や写真集からは、強いメッセージが伝わってくる=敬称略。(石井雄一)

手記・文学 復刊や復刻

 原子爆弾が何をもたらしたのか。焦土と化した街を目の当たりにした市民の記述は、被爆の惨状を浮き彫りにする。そうした手記や記録の復刊が相次いだ。

 広島県大長村(現呉市)出身の奥田貞子が、兄の子を捜すため被爆翌日から広島市に入った体験の手記を基にした「空が、赤く、焼けて」(小学館)。1979年刊行の書籍を復刊した。克明につづられた子どもたちの死にゆく姿が、胸に迫る。55年に刊行された蜂谷道彦「ヒロシマ日記」(法政大学出版局)も改装版として復刊。自らも被爆しながら、広島逓信病院院長として治療を続けた蜂谷。原爆の残酷さを医師の視点でつづる。児童書として40年以上読み継がれてきた広島テレビ放送編「いしぶみ 広島二中一年生全滅の記録」(ポプラ社)は、一般書として刊行された。  原爆文学を読み直す動きも活発だった。

 広島文学資料保全の会は、詩人峠三吉のガリ版の「原爆詩集」に模した復刻版を出した。「ちちをかえせ ははをかえせ」で始まる「序」は、吉永小百合編の詩画集「第二楽章 ヒロシマの風 長崎から」(スタジオジブリ)にも掲載されている。

 小説「夏の花」で知られる被爆作家原民喜。「原民喜戦後全小説」(講談社文芸文庫)と「原民喜全詩集」(岩波文庫)は、今なお鮮烈な光を放つ。民喜を顕彰する広島花幻忌の会の会員竹原陽子は、紙芝居「夏の花」(のびる文庫)を出版。「原爆の惨禍 名著で読む広島・長崎の記憶」(原書房)は、被爆地の医師の記録2編と、「夏の花」を含む文芸作品2編を厳選した。

 被爆者や戦争体験者の証言を伝える地道な取り組みも続く。

 ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会の「証言 記憶の中に生きる町」は、爆心地近くの中島本町、材木町、天神町、猿楽町の元住民11人が語った被爆前の街の営みを載せた。新日本婦人の会広島県本部の「木の葉のように焼かれて」は第49集。被爆者11人の手記や聞き書きを収めた。「紙碑・被爆者のあかし」は第7集。原爆養護ホームの入所者54人の体験記だ。

 5歳の時に被爆した大竹幾久子は、「いまなお原爆と向き合って」(本の泉社)で、沈黙を破り語ってくれた母の証言をつづる。深谷敏雄「日本国最後の帰還兵 深谷義治とその家族」(集英社)も、大田市出身で日本軍のスパイとして中国で活動した父の苦難の人生を書き残そうと筆を執った。

史実掘り起こし蓄積

 あの日、何が起きたのか。埋もれた史実を掘り起こして書き残す営みが、平和構築への蓄積となる。

 堀川惠子「原爆供養塔」(文芸春秋)は、平和記念公園(広島市中区)にある原爆供養塔に眠る人々を追ったノンフィクション。著者自らが遺族を捜し、新たな事実が浮かび上がる。

 藤原章生「湯川博士、原爆投下を知っていたのですか」(新潮社)は、広島で被爆し、湯川秀樹博士の弟子だった森一久が晩年、恩師に対し抱いた疑念を軸に、戦後日本の原子力の本質に迫る。豊田正義の「原爆と戦った特攻兵」(KADOKAWA)は、被爆地に真っ先に駆け付けた陸軍の青少年特攻兵たちの記録だ。

 杉原梨江子「被爆樹巡礼」(実業之日本社)は、被爆樹一本一本を訪ね歩き、関係者の証言とともにつづる。加藤一孝「被爆電車物語」(南々社)は、原爆投下3日後に運行を再開した路面電車に関わる人々の姿などを伝える。

 未曽有の被害をもたらしている福島第1原発事故。こうした核や原子力の戦後史に真摯(しんし)に向き合ったのが、奥田博子「被爆者はなぜ待てないか」(慶応義塾大学出版会)だ。

 直野章子「原爆体験と戦後日本」(岩波書店)は、継承が叫ばれる被爆体験の本質に切り込む。村上陽子「出来事の残響」(インパクト出版会)は、被爆作家大田洋子をはじめ、原爆や沖縄戦をめぐる文学作品に光を当てた評論だ。

 現在、国会では安全保障関連法案の審議が続き、憲法学者や国民から慎重な議論を求める声も上がる。

 かつて広島大でも教壇に立った、早稲田大教授の水島朝穂「ライブ講義 徹底分析!集団的自衛権」(岩波書店)は、政府の説明の問題点を具体的に指摘していく。山口大副学長の纐纈(こうけつ)厚「集団的自衛権容認の深層」(日本評論社)は、集団的自衛権行使容認の狙いなどについて歴史的な視点を踏まえて考察した上で、現行憲法の先進性を示す。

次代へ継承 多様な表現

 被爆や戦争の記憶が遠のく中、その思いをさまざまな形で表現し、次代につなぐ取り組みも見られた。

 中国放送(広島市中区)が被爆70年に合わせて企画した「まんがで語りつぐ 広島の復興」(小学館クリエイティブ)。水道や電気の復旧、銀行の営業再開…。被爆直後から芽生えた、復興に懸ける市民の情熱を描く。

 戦争児童文学作品の文庫化も相次いだ。3歳の時に被爆した那須正幹「ヒロシマ3部作」(ポプラ文庫)の3作品は、原爆を生き延びた女性が開くお好み焼き店をめぐる物語。約30年ぶりに文庫で復刊した那須正幹「ジ エンド オブ ザ ワールド」(同)。表題作は、終末核戦争を描く。

 被爆2世で広島市出身の朽木祥「八月の光・あとかた」(小学館文庫)は、単行本に書き下ろし2編を加えた。母や親族の被爆体験も織り交ぜて紡いだ五つの物語。優しい語り口で平和の尊さを浮かび上がらせる朽木祥「彼岸花はきつねのかんざし」(学研教育出版)は絵本になった。

 東京出身の映画監督石田優子のノンフィクション「広島の木に会いにいく」(偕成社)は、被爆の惨禍を生き延び、今も残る被爆樹木と向き合う。

 このほか、児童文学作家中澤晶子の「3+6の夏 ひろしま、あの子はだあれ」(汐文社)や、児童文学作家こやま峰子の絵本「いのりの石 ヒロシマ・平和へのいのり」(フレーベル館)も、子どもたちに反戦を訴えかける。

 那須正幹や岩瀬成子たち児童文学作家が語った戦争体験などをまとめた本も出た。野上暁編「わたしが子どものころ戦争があった―児童文学者が語る現代史」(理論社)「私の八月十五日 2」(今人舎)「子どもたちへ、今こそ伝える戦争」(講談社)の3冊。

 詩、短歌、写真など多彩な表現活動は、今なお続く核の脅威に警鐘を鳴らす。

 1月に亡くなった被爆医師で詩人の御庄博実。詩集「燕の歌」(和光出版)は、原爆の残留放射線や劣化ウラン弾による被曝(ひばく)を詠んだ。相原由美の歌集「鶴見橋」(不識書院)、梶山雅子の歌集「梶山雅子歌集 ヒロシマ70年」(京都カルチャー出版)も、ヒロシマを見つめるまなざしが鋭い。

 浦田進の写真集「8月6日の朝」(青弓社)は、原爆慰霊碑を訪れた人たちの「祈りの手」を撮った。小松健一、新藤健一編「決定版 広島原爆写真集」(勉誠出版)は、未公開も含む貴重な記録。あの日を刻む出発点だ。

現代日本を問う

 戦時の記憶や、現代日本の在り方を問う本も数多く刊行された。

 14歳で敗戦を迎えたノンフィクション作家沢地久枝「14歳<フォーティーン>」(集英社新書)は、満州(現中国東北部)からの引き揚げの記憶を記した。思春期の少女に戦争が死と暴力の影を落とす。

 長崎在住の作家青来有一「悲しみと無のあいだ」(文芸春秋)は、亡き父の被爆体験を、整った物語ではなく、混乱のまま描くという試みを記した純文学作品だ。

 「異能の軍人」と呼ばれた岩畔豪雄(いわくろ・ひでお)(1970年死去)「昭和陸軍謀略秘史」(日本経済新聞出版社)は、軍事官僚として日米開戦前の41年に米国との交渉に関与し、戦争回避の道を探った彼への聞き取りをまとめた。70年代に非売品として作られたが、今年初めて一般向けに刊行された。

 「私の『戦後70年談話』」(岩波書店)は、安倍晋三首相による戦後70年談話を意識し、戦争を体験した文化人41人が「自らの談話」を書いた。俳優宝田明や映画監督山田洋次、元自民党幹事長の野中広務ら多彩な顔ぶれ。「戦争思想2015」(河出書房新社)は現代の識者14人が戦争を論じている。

 乃南アサ「水曜日の凱歌(がいか)」(新潮社)は、戦後間もなく進駐軍対象の売春施設を運営した「特殊慰安施設協会」(RAA)を描いた長編。一方、男たちの救いなき戦いを描いたのは小林よしのり「卑怯(ひきょう)者の島」(小学館)。著者久しぶりの長編ストーリー漫画だ。

文芸誌も特集次々

 東京の大手出版社などが発行する文芸誌も、戦後70年に合わせた企画を展開。ヒロシマや戦争を文学の視点で捉え直している。

 「早稲田文学」2015年秋号(早稲田文学会)は、「広島について、いろんなひとに聞いてみた」と題した大型特集を組んだ。「ヒロシマ・ノート」で知られる大江健三郎がインタビューで、自らの生い立ちと重ねながら平和憲法の意義を語る。毎年8月6日にブログを更新する、広島東洋カープの栗原健太へのインタビュー、市営基町アパートのルポなど、多角的な視点でヒロシマを見つめていく。

 「三田文学」2015年夏季号(三田文学会)は、同誌の編集にも携わっていた被爆作家原民喜を特集。末弟の村岡敏に宛てた未発表書簡や全集未掲載の作品を紹介。広島花幻忌の会会員の竹原陽子がそれぞれについて解説を加える。

 「文学界」9月号(文芸春秋)は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の記憶遺産として原爆文学の登録を目指す動きを、フリージャーナリスト堀川惠子が伝える。「すばる」9月号(集英社)は「戦争を、読む」と題し、長崎市出身の被爆作家林京子のエッセーなどを載せた。

 ムック誌では、「戦争と文学スペシャル」(集英社)「太平洋戦争の肉声③特攻と原爆」(文芸春秋)などがある。

(2015年8月14日朝刊掲載)

年別アーカイブ