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社説・コラム

「非戦の勝者」日本は誇れ 終戦70年

■論説主幹・佐田尾信作

 ノンフィクション作家保阪正康さんの「仮説の昭和史」に、もし日本の占領期の終わりにその是非を問う国民投票を行っていたら、という一章がある。復興へ強い指導力を発揮した当時の吉田茂首相の人気を考えれば、是とする結果になったに違いない。つまり占領憲法などという責任逃れの言説は生まれなかった―というのが保阪さんの見方である。

 70年前の8月、日本は敗戦に続いて連合国軍総司令部(GHQ)の占領下に入った。講和条約発効により、沖縄、奄美、小笠原などを除いて主権を回復する1952年4月まで続く。

 その間、天皇の「人間宣言」や新憲法制定など民主化は進む一方で、極東の「反共の砦(とりで)」として日本の位置付けは変わっていく。やがて自衛隊につながる警察予備隊の発足と日米安全保障条約の締結に至る激動の時代である。

 広島でも当時は被爆の惨状を訴える報道や文学が検閲され、自主規制を強いられた。朝鮮戦争勃発の50年には平和擁護大会が弾圧されたため、百貨店の屋上から「戦争即時中止」「原爆廃棄」を訴えるビラをゲリラ的にまいたという老闘士の証言を筆者自身も聞いている。

 ただ、是非を問う国民投票は行われなかったにせよ、今となっては占領期は戦後の日本人が再び歩みだした原点といっていい。政界でも保守本流はこの辺りに源流があるはずだ。

 にもかかわらず安倍晋三首相に近い稲田朋美・自民党政調会長は、占領政策や占領下に日本の主な戦犯を裁いた東京裁判について党内組織を設置して検証したいという。その対象には憲法制定過程へのGHQの関与も含まれる。

 党内で懸念する声が出ているのは当然だろう。真意は一体どこにあるのか。

 大いに気に掛かることがある。安倍首相がおととい発表した「70年談話」は、戦後の民主化と非軍事化の流れにほとんど言及せず、憲法という言葉さえ用いなかった。「尊い犠牲の上に現在の平和がある。これが戦後日本の原点であります」と述べたが、全文3400字もあるのにあまりに抽象的だ。

 平和国家の歩みを裏打ちするのが、憲法を包み込んできた「戦後」である。ないがしろにするのでなく、ねぎらうのが保守政治の王道ではないか。

 戦後70年、被害にせよ加害にせよ、自らの戦争体験を語る人がいずれいなくなる現実を痛感した。だが「戦後体験」なら、まだ多くの人が語れるだろう。父母や兄姉、年長者の話を聞いて育ち、非戦の志を受け継いでいよう。85年生まれの社会学者古市憲寿さんの言葉を引くなら「平和体験」である。

 70年間戦争をせず、自衛隊も戦闘による死者を出していないことは、人類史上の偉業だといっても大げさではあるまい。私たちは非戦という闘いの勝者であり、勝者の品格をもって70年以後も歩みたいと願う。

(2015年8月16日朝刊掲載)

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