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社説・コラム

天風録 「8月15日」

 終戦の日は何をしていましたか。呉で長く理髪店を営んできた人に尋ねたことがある。答えが妙に心に残った。「覚えとらんです」。空襲で店を焼かれ、仮住まいから得意先を回るのに必死でそれどころではなかったという▲ラジオを前に平和がきたとほっとする―。そんな場面は実際、どこまであったか。ある広島県内の軍需工場では「陛下が一生懸命頑張ってくださいと言っておられる」と動員学徒にハッパをかけた、という話も聞いた▲あの日の受け止めは各地で千差万別だったろう。北海道で旧制中学生だった児童文学者山中恒さんは語る。「自分たちの努力が足りなかったから戦争に負けた」として自決し、陛下におわびすべきだと本気で思ったと▲一口に「不戦の誓い」と言うが、一日にして成ったわけではない。時代に呪縛された日本人の心が次第に解け、虚無と混乱から立ち直る。紆余(うよ)曲折の過程で熟し、根付いた宝物といえる▲70年に至る熟成の営みは今なお続くはずだ。きのう天皇陛下のお言葉に戦争への「深い反省」が盛り込まれた。こちらも長い熟慮を経たものだろう。せっかく宝とした言葉を使わない首相の式辞の方は、どこまで心に残るか。

(2015年8月16日朝刊掲載)

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