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米テロ犠牲長男 母校で平和訴え 広島の伊東さん 被爆体験も講演

 2001年の米中枢同時テロで長男の和重さん=当時(35)=を亡くした広島市安芸区の伊東次男(つぎお)さん(80)が17日、息子の母校の広島城北学園(東区)で講演した。今も癒えぬ悲しみを、原爆で兄を失った体験に重ね、平和の大切さを訴えた。

 「私の二つのグラウンド・ゼロ」がテーマ。スライドを使って1時間、同校の中学生約610人に話した。

 和重さんは「海外でも仕事をしたい」と富士銀行(現みずほ銀行)に就職。テロ発生時、ニューヨーク支店に勤め、世界貿易センタービル南棟82階にいた。現地に向かった伊東さんは、和重さんの写真を手に病院を捜し回ったが、消息は分からない。「胸が張り裂けそうだった」

 翌年の死亡宣告、銀行の追悼式、ひつぎのない葬儀…。息子の「死」と向き合わざるを得なかった。遺体は今も見つかっていない。ビルのがれきが遺骨の代わり。「こんな悲しいことはない。両親よりも絶対に早く死んではいけない」。息子の後輩への言葉に、やるせなさがにじむ。

 70年前には原爆で広島県立広島第一中(現国泰寺高)1年生だった兄宏さん=当時(12)=を失った。「お父さんお母さんをよろしく頼む」という最期の言葉が忘れられない。伊東さんも矢野国民学校(現矢野小)5年で、救護活動に加わり被爆している。

 「お互い思いやり、人の痛みが分かれば憎しみは生まれない。『戦後』という言葉が残り平和が続くよう一人一人努力してほしい」と呼び掛けた。

 代表してあいさつした3年尹俊〓(ユンジュンス)君(15)は「先輩のお父さんの話はすごく身近に感じた。将来は、日本が外国と友好的な関係が築けるような仕事に就きたい」と話していた。講演会は、ことし50歳になる和重さんの城北高同期生らが提案し、実現した。(山本祐司)

米中枢同時テロ
 2001年9月11日、米国の経済や政治の重要施設を狙って仕掛けられた大規模テロ。旅客機4機が乗っ取られ、2機はニューヨークの世界貿易センタービル2棟に突っ込み、ビルは崩壊した。もう1機は首都ワシントン近郊にある国防総省に激突、残り1機はペンシルベニア州に墜落。計約3千人が死亡した。米国は国際テロ組織アルカイダの犯行と断定した。

(2015年8月18日朝刊掲載)

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