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社説・コラム

天風録 「明田さんの写真」

 焼け野原に鍬(くわ)を振り下ろす人、闇市の人混み、原爆ドームそばの川での洗濯…。たくましく立ち上がる広島市の人と街がどのカットにも息づく。「いま、伝えたいこと」と冠した写真展が泉美術館(西区)で開かれている▲屈託のない子どもの顔がまず目に入る。市民に寄り添った地元の写真家明田弘司さんならではの一枚にいとおしさが込み上げる。一緒に並ぶ名取洋之助、木村伊兵衛、土門拳ら名だたるプロの仕事にも引けをとらない▲広島が元に戻るのに何年かかるか分からんが、記録しなさい―。63年前、その名取から掛けられた言葉を実行してきた。つち音とともに移り変わる街や暮らし、さらに路地やバラックの子も。平和大橋の欄干にまたがる少年の歯のまぶしさよ▲5万点を超す膨大なネガに刻んだ広島の復興。昨夏には作品展が開かれた。「忘れちゃあいけん、あの頃」と副題を添えて。貧しく、ひもじい時代のはずが写真の中では誰もがいきいきとして、笑みさえ浮かべている▲迎えた70年の節目。先週、明田さんは逝った。残された写真はどれも、焦土からよみがえった都市へのメッセージを宿す。被爆の記憶と先人の苦労を忘れちゃあいけんよ、と。

(2015年8月19日朝刊掲載)

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