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社説・コラム

天風録 「刻まれる名前」

 更地に生い茂った夏草が物悲しい。土砂災害の爪痕が残る、広島市安佐南区八木地区を歩いた。あちこちに手向けられた花束に失われた暮らしと命の重みを思う。1年とは何と早いものか▲今なお復旧途上の県営住宅の一角で、完成間もない慰霊碑に手を合わせた。犠牲者の3分の1に当たる25人の名前がある。母親と足を運んで、五十音順に連なった銘をそっと指さした幼子がいた。おそらくは無意識に▲同じような光景を宮城県の海辺の町で見たことがある。あの大津波で壊滅した集落に建立された慰霊碑の一つである。遠くから来たらしい家族連れが数えきれぬ死者の名に思わず触れていた。心を動かされたのだろう▲3・11の被災地にできた碑のほとんどは、命を奪われた人の名前を刻んでいると聞いた。あれほどの衝撃だった巨大災害でさえ、今や風化が進みつつある。生きた証しをその地に残し、無念を継ぐ営みにほかならない▲緑井地区も含む別の慰霊碑はうたう。「忘れまい8・20」と。復興が進めば風景も変わる。あの日の記憶は地元でも年を追って、じわじわ薄らいでいくかもしれない。そんな時は、あちこちの碑に残された尊い名前を指でなぞりたい。

(2015年8月21日朝刊掲載)

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