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社説・コラム

天風録 「小さき声のカノン」

 暑さが落ち着くという処暑のきのう、広島市内はよく晴れた。物干しざおが満艦飾となったベランダの先に、ふと気付くと、秋の「使者」が浮かんでいる。赤とんぼ洗濯物の空がある(岡田順子)▲外で洗濯物を干せ、深呼吸ができる―。何げないことが「今はすごく幸せに思える」との言葉が、銀幕から聞こえてくる。原発事故の後、子どもの被曝(ひばく)を案じる母親たちを追った記録映画「小さき声のカノン」。尾道に続き、広島でも上映が近づく▲泣き虫のママが何人も出てくる。わが子を福島に連れ戻した罪悪感と、親類や地域に義理を欠いてまで移住に踏み切れぬ現実。板挟みなのだろう。古里に戻った人、避難先にとどまる人の誰もが悩み、迷い続けている▲夏休みの間だけでもと、福島県外へと親子を招く市民運動が粘り強く続いている。「保養」と呼ぶそうだ。チェルノブイリ原発事故の現地では、政策として今も取り組んでいる。内部被曝量を下げる狙いもあるらしい▲カノンとは、輪唱のこと。被災地の外からも、支援の声を響かせたい。保養は、親子にとって「いのちの洗濯」でもあろう。3・11の風化をいたずらに嘆く前に、私たちにできることがある。

(2015年8月24日朝刊掲載)

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