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不戦願う渾身の演奏 広響「平和の夕べ」東京公演 アルゲリッチと融合 圧巻

 広島交響楽団は、この日のために生まれ、存在してきたのではないか。そんな感懐を覚えたほど、被爆70年を期して行われた広響「平和の夕べ」東京公演(11日・サントリーホール)は、強烈な印象を満場の聴衆にもたらした。

 その立役者の筆頭は、世界的なピアニストとして名高いマルタ・アルゲリッチだ。5日の広島公演にも登場してベートーベンのピアノ協奏曲第1番を演奏し、圧倒的な貫禄で聴衆と広響メンバーの心をつかんだが、東京ではさらに自由自在になり、軽やかでいながら風格のあるピアノで、オーケストラを巻き込んでいく。

 かつての女ヒョウのごとき強靭(きょうじん)さだけでなく、人生の年輪を重ねて、再び童女に還(かえ)ったかのような、澄み切った境地をも併せ持つようになったアルゲリッチ。その指先から、次々と繰り出される音色の多彩さに、当初は圧倒されていたオーケストラが次第に化学変化を起こし、音楽でピアノと対話するようになるさまは、実にエキサイティングだった。

 一転して、第2楽章の繊細極まりないピアニッシモは、まさに祈りの音楽。ホールに集った全ての人は、時空を超えて新たに生まれ出るベートーベンの音楽に息をのみながら、平和と不戦への思いをそれぞれに抱いたに違いない。

 さらに、プログラム前半のベートーベン「エグモント」序曲と、ナチスに追われたドイツの作曲家、ヒンデミットの交響曲「世界の調和」の力感あふれる演奏は、音楽監督の秋山和慶が十数年間にわたり、情熱をもって育て上げてきた広響の充実ぶりを強く印象づけるものだった。

 天皇皇后両陛下のご臨席を賜り、ホールを埋め尽くした聴衆と音楽家の心がひとつになったこの催しは、広響という芸術団体が、音楽の力で平和に貢献しようという思いが結実していた。地域にとってオーケストラがなぜ必要なのかを、渾身(こんしん)の演奏をもって見事に示したものとして、永く記憶されるに違いない。(編集者・音楽ジャーナリスト・岩野裕一=東京都)

(2015年8月25日朝刊掲載)

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