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社説・コラム

社説 無風の自民総裁選 物言えぬ空気 あるのか

 自民党総裁選は、安倍晋三首相が無投票で再選される見通しになった。9月8日告示、20日投開票という日程である。七つの派閥が全て首相支持に回り、他に目立った立候補の動きはない。だが民意と懸け離れた「内向きの論理」とはいえないか。

 というのも、今月中旬の共同通信社の全国電話世論調査では、総裁選について72・6%の人が選挙戦が望ましいとし、安倍首相の無投票再選がよい、とした人は22・3%にとどまる。多くの国民が、最大与党である自民党には党内論争が必要だと思っている証しだろう。とりわけ、参院特別委員会で審議途中の安全保障関連法案と切り離して考えることはできまい。

 同じ世論調査によると、安保法案の今国会成立について62・4%が反対している。さらに8割を超す人が、安倍政権は法案を「十分に説明しているとは思わない」と答えているのだ。

 その安保法案の柱である集団的自衛権行使をめぐり、政府側の国会答弁は定まらない。

 行使の要件である「存立危機事態」の認定について、中谷元・防衛相は最近も「邦人が乗っているかどうかは絶対的なもの(判断要素)ではない」と述べた。朝鮮半島有事に際し、退避する邦人を乗せた米艦を守る―という想定で安倍首相が昨年説明したのと同じ事例のはずだ。これでは首相と防衛相で判断基準が食い違うことになる。

 ほかにも、中谷防衛相と岸田文雄外相は、存立危機事態に該当するなど武力行使の「新3要件」を満たす場合、自衛隊が国連決議に基づく集団安全保障措置への参加が可能との認識を示した。集団安保とは多国間の枠組みが基本で、集団的自衛権とは似て非なるものだ。野党からも「そんな話は聞いたことがない」と反発を受けている。

 衆院通過時に石破茂地方創生担当相が「国民理解が進んでいるとはいえない」と述べたが、状況が変わってはいまい。

 ところが、自民党総裁選は告示日に無投票で決着することで落ち着いた。安保法案に政治が揺れる中で選挙戦となれば、今国会成立を目指す与党にとって審議の阻害要因になる、という見方がある。早めに安倍首相の再選を固めた方が得策だという判断に傾いたに違いない。

 首をかしげたくなる。国会で十分に審議を尽くすと同時に、総裁選も国民の理解を進めるための開かれた議論の場にすればいいのではないか。それが政党政治の常道であるはずだ。

 政治資金の透明化など政治改革から20年余りが過ぎて、今は資金やポストに関わる自民党の派閥の力もすっかり低下した。ならば中堅や若手の主導で、談論風発があってしかるべきだが、派閥の弱体化に伴って党や官邸の縛りが強まった結果、物言えぬ空気があるのか。それとも、総裁選後の内閣改造や党役員人事が気に掛かるのか。

 長期政権をうかがうだけに、安倍首相がどのような政策を打ち出すのか、目が離せない。安保法案だけではなく、経済や雇用、社会保障や定住など課題は山積している。「自民1強」の今だからこそ、いさめたり歯止め役を果たしたりする「党内野党」も求められていよう。

 結党60年を11月に控えた節目の年でもある。保守政治の懐の深さを見せてもらいたい。

(2015年8月31日朝刊掲載)

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