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<目耳録>子守歌

 壊れた日本家屋の片隅に、血と皮膚の腐臭が漂っていた。原爆の熱線に焼かれて横たわる少年に、母親が寄り添う。七十年前の広島でのことだ。

 「もう助からない」と言われた少年を、母はひざに引き寄せる。少しして子守歌が聞こえた。「ねんねんころりよ、おころりよ」

 その少年、鳥越不二夫さん(84)は奇跡的に一命をとりとめ、いま、被爆体験を伝える活動に取り組む。

 子守歌であなたを天国に送ってあげようと思ったのよ、と聞かされたのは戦後のこと。「でも僕はお母さんの歌で息を吹き返したんです」

 趣味のハーモニカで子守歌を吹くと、母の心中を思う。死が迫る子に、歌ってやることしかできない苦しみはいかばかりだったのか、と。あんな悲しい歌を聞くことのない世界に。それが鳥越さんの考える平和なのだろう。(浅井俊典)

(中日新聞社2015年8月17日夕刊掲載)

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