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連載・特集

福島復興 真宗移民の絆 映像作家・僧侶の青原さん 記録映画「土徳流離」 念仏の教え よりどころ

 ドキュメンタリー映像作家で僧侶の青原さとしさん(53)=広島市安佐南区=が、2011年の東日本大震災で被災した福島県東部の相馬双葉(相双)地方を舞台に、映画「土徳流離―奥州相馬復興への悲願」を作った。同地方は、富山や新潟県などから多くの真宗門徒が江戸末期以降に移住した。念仏の教えを心のよりどころに生き抜いた真宗門徒たちの歩みをたどり、震災後は法要などで絆を確かめながら復興を目指す住民の姿や苦悩を描いた。(桜井邦彦)

 相双地方は、江戸期の天明・天保の大飢饉(ききん)で多くの死者を出すなどして人口が激減した。その後、真宗移民に空き家を提供するなどの藩の優遇施策が呼び水になり、明治にかけて真宗門徒約1万人が移り住んだとされる。現在は真宗各派の寺が17寺ある。

 映画では、青原さんが各寺を訪ねて証言や記録を集める様子を含め、土着の人々と移民との習慣や文化の違い、移民が念仏の教えを支えに結束して農地を開墾した歴史をひもといた。二宮尊徳の教えに基づいて藩が至誠や勤労を住民に促した「二宮仕法」、伝統の行事「相馬野馬追」など、相双地方をいろいろな角度から見詰めた。

 震災の津波で、先祖から受け継いだ農地が流されたり、原発事故で各地に避難を強いられたりした住民の思いも肉声でつづった。

地域に根付く徳

 中区の本願寺派真光寺で生まれ育った青原さんは、被爆後の広島を舞台に安芸門徒をはぐくんだ風土を、ドキュメンタリー映画「土徳―焼跡地に生かされて」(03年)で描いた。土徳を「歴史や習慣、文化、人付き合いなど生活の中で地域に根付いた徳」と説明する。

 福島県内の郷土史家や真宗門徒たちから、この映画の上映依頼を受けて12年秋に相双地方を訪ねた際、被災地の光景が古里広島と重なって見え、土徳が復興への手掛かりになるのではと製作を思い立った。そこから撮影を始め、約2年半かけて前編と後編で計3時間23分の作品を作り上げた。

 映画は、原発事故の余波も収録。警戒区域内の集落は毎年1~2月、家々の持ち回りで営む法要「惣報恩講」を区域外の寺に移して開いた。門徒が各地に避難して散り散りになった飯舘村では、例年11月の報恩講を南相馬市の寺を借りて合同で営んだ様子も収めた。

避難先 寺頼れず

 出演した浄土真宗本願寺派相馬組(10寺)組長で勝縁寺(南相馬市)の湯沢義秀住職(59)によると、家族や私財を津波で失った門信徒にとって、悩みを住職に相談したり仲間と聴聞したりできる寺は、心のよりどころになった。一方で、原発事故で故郷を追われた住民は、避難先で寺を頼れない状況にあるという。

 映画で、畜産業の門徒男性は、津波で流された牛舎を同じ場所で再建した思いを「先は見えないが悔しくて、このまま終わらせたくない」と訴えた。湯沢住職は「困難な生活を強いられ、地域に居続ける人、離れる人とさまざま。映画『土徳流離』は、この地にとどまろうという住民の選択の重さを考えさせてくれる」と力を込める。

 新作の上映会は被災地のほか、広島、三次市内など広島県内でも開催した。今後も希望する寺や映画館などで予定する。青原さんは「震災後も、惣報恩講や野馬追などの伝統は相双地方で脈々と受け継がれている。土徳を通じた地域のつながりは、広島の復興時と同じように、生きていく大きな力になるのではないか」と話す。

(2015年9月7日朝刊掲載)

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