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全額支給確定の公算大 在外被爆者 医療費訴訟 最高裁きょう判決

 海外に住む被爆者(在外被爆者)に対し、被爆者援護法に基づいて医療費を全額支給するかどうかを争った訴訟で、最高裁が8日、判決を言い渡す。二審の結論の見直しに必要な弁論を開いておらず、全額支給を認めた大阪高裁の判決が維持される公算が大きい。同種の訴訟では、6月の広島地裁判決で原告が敗訴。国内外で最後に残る大きな被爆者援護の格差解消につながるか、注目される。(岡田浩平)

■訴えの概要

 国内の被爆者の医療費は援護法に基づき、自己負担分(1~3割)を国が支給し、事実上無料。原爆症の認定患者については10割を国が給付する。しかし、国は海外では医療保険制度の違いなどを理由に法を適用せず、被爆者に原則、年30万円を上限に医療費を助成するにとどまる。3月末時点での在外被爆者は33カ国・地域の約4280人。

 大阪の訴訟の原告はいずれも韓国在住で被爆者健康手帳を取得した男性(69)と、2010、11年に亡くなった被爆者2人の遺族。男性たちは韓国内の医療機関にかかり、負担した医療費の支給を大阪府に申請したが11年に却下され、同年、府と国を相手取って提訴した。

■訴訟の経過

 国側は従来の立場を貫き「国内の医療機関でないと適正性を担保できない」と主張。これに対し、13年10月の大阪地裁判決は「援護法は戦争を遂行した国が自らの責任で救済を図る国家補償の性格がある。規定を国内限定と解釈する必然性はない」などと在外被爆者への不支給に合理性を認めず、却下処分取り消しを命じた。

 14年6月の大阪高裁判決も「日本国内に住んでいるのを条件とする明文規定はなく、在外被爆者も支援対象だ」などとして一審を支持した。一方で、同種の訴訟では、広島地裁のほか、14年3月の長崎地裁判決も原告が敗訴している。

■援護の変遷

 被爆国政府は長年、在外被爆者への援護を狭めていた。最たる施策が1974年に厚生省が局長名で出した402号通達。「日本国の領域を越えて居住地を移した被爆者には適用がない」として被爆者への手当支給を妨げた。

 在外被爆者たちはこうした国の姿勢を法廷で問うてきた。02年には、大阪高裁が「被爆者はどこにいても被爆者」と認定し、援護法に基づく健康管理手当を韓国の被爆者に支払うよう命じた判決が確定。翌年に通達は廃止された。

 07年11月には三菱広島元徴用工被爆者訴訟で、最高裁が在外被爆者を放置してきた国の賠償責任を認め、海外でも援護法を適用するよう命じた。被爆者健康手帳を取るための「来日要件」をなくす改正援護法が議員立法で成立し、08年12月に在外被爆者が最寄りの大使館や総領事館で申請できるようになった。10年4月には原爆症認定の在外申請も始まった。

 しかし、医療費をめぐっては、大阪地裁判決後も、国は上限を約18万円から現行の30万円へ引き上げる措置にとどめている。韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部長の豊永恵三郎さん(79)は「高齢の被爆者にとって、医療費がきちんと支給されるのが重要。ぜひ全額支給を国に実現させたい」と話している。

<在外被爆者と援護の歩み>

1945年 米国が8月6日に広島、9日に長崎へ原爆を投下
  56年 広島県原爆被害者団体協議会、日本原水爆被害者団体協議会が相次ぎ発足
  57年 原爆医療法が施行。被爆者健康手帳の交付、認定疾病への医療費を給付
  67年 韓国原爆被害者援護協会(現原爆被害者協会)がソウルで発足
  68年 原爆被爆者特別措置法が施行。特別手当や健康管理手当、介護手当を創設
  71年 米国原爆被爆者協会が発足
  72年 広島で被爆し、韓国から密入国の孫振斗さんが、被爆者健康手帳交付申請の却下処分取り消しを求め福
      岡地裁に提訴
  74年 同地裁が「却下処分は違法」と判決▽厚生省が402号通達を発出▽治療目的で来日した辛泳洙さん
      が、東京都から在韓被爆者初の手帳を受ける
  76年 広島市がソウルから治療のため訪れた被爆者に健康管理手当を初めて支給
  77年 広島県医師会と放射線影響研究所が在北米被爆者の健康診断を開始
  78年 最高裁で孫さんの勝訴が確定
  80年 日韓両政府による在韓被爆者の渡日治療が開始。86年まで349人が来日▽厚相の私的諮問機関が、
      国家補償による被爆者援護法に否定的見解
  81年 認定被爆者への医療特別手当を創設
  84年 ブラジル原爆被爆者協会(現被爆者平和協会)が発足
  85年 広島県が南米に移住した被爆者の健診を開始。以降も継続
  94年 自民、社会党などの連立政権下で被爆者援護法成立。国会提出以来35年ぶりの実現。国家補償と死没
      者への個別弔意は見送り。翌年施行
  98年 健康管理手当支給を求め韓国の郭貴勲さんが大阪地裁に提訴
2001年 郭さんが勝訴
  02年 国の在外被爆者支援事業が開始。手帳の交付申請や渡日治療の旅費を支給▽大阪高裁が郭さんの勝訴を
      支持。国は上告を断念
  03年 402号通達が廃止▽在外被爆者への手当送金を開始
  04年 在外被爆者の医療費一部助成を開始
  05年 釜山の被爆者が居住地での手当申請を求めた控訴審で、福岡高裁が勝訴の判決▽在外被爆者の居住地で
      の手当申請手続き開始
  06年 日本被団協が主導する原爆症認定集団訴訟で、大阪地裁が「認定基準を機械的に適用することは相当で
      ない」と初めて判断
  07年 広島出身のブラジル在住被爆者3人が5年の時効を理由に手当を支払わなかった広島県を相手取った上
      告審で、最高裁は「違法」と判断▽広島で被爆した韓国人元徴用工らに対し、最高裁は402号通達の
      違法性を認め、1人当たり120万円の支払いを国に命じる
  08年 通達による損害賠償は厚労省が提訴を条件としたため、在外被爆者の第1陣163人が広島地裁に提訴
      ▽改正被爆者援護法が施行。手帳交付申請を在外公館で受け付け
  09年 402号通達に対する賠償請求訴訟の広島地裁協議で和解骨子に合意
  10年 原爆症の認定申請が在外公館で可能に。「黒い雨」の健康診断受診者証も
  13年 韓国在住の被爆者たち3人が被爆者援護法に基づく医療費の全額支給を求めた訴訟で、大阪地裁が在外
      被爆者に支給すべきだと初判断
  14年 厚生労働省が大阪地裁判決を受けて、在外被爆者への医療費助成の上限額を年約18万円から30万円
      に引き上げ▽大阪高裁も大阪地裁判決を支持し、在外被爆者への医療費全額支給を認める判断
  15年6月 在米被爆者13人が広島県などに医療費の全額支給を求めた訴訟で、広島地裁は「在外被爆者が国
      外の医療機関で受けた医療は支給対象にならない」と請求を退ける

(2015年9月8日朝刊掲載)

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