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緊急連載 在外被爆者医療費全面支給 <下> 「払い戻し」では不十分

算定作業課題 支給遅れ懸念

 最高裁が、海外に住む被爆者(在外被爆者)にも国が医療費を全額支給すべきだと初めて判断した8日、ブラジル・サンパウロ市のブラジル被爆者平和協会も喜びの声で沸いた。そんな中、会員から医療相談を受ける斉藤綏子(やすこ)理事(68)は被爆国政府の今後の対応にくぎを刺した。「判決に従うだけでなく、実態を踏まえた支援策を早く示してほしい」

窓口支払いが壁

 そう言うのには訳がある。被爆者援護法には、被爆者が「やむを得ない理由」で国外の医療機関で受診した場合、いったん支払った医療費を行政側が事実上補填するという規定がある。今回の判決もこの規定の適用を在外被爆者に認めた。しかし医療費が高額になる国によっては、生活が苦しい人が窓口で一時的とはいえ支払えないケースも出かねない。治療をためらう恐れもある。

 日本国内では、法に沿って行政が指定した病院が数多くあり、そこで受診すれば窓口で費用を払う必要はない。ただ厚生労働省は国外の医療機関の指定は「医療の質の点検が難しく困難」という。斉藤理事は「『全額を払い戻す』というだけでは十分に救われない人もいる。何らかの救済を」と訴える。ブラジルを含む南米では昨年度、援護法の枠外で同省の医療費助成(原則年30万円まで)を申請した81人のうち55人が民間保険の費用に充てた実績もある。それを含めた柔軟な対応を求める。

専門性高い実務

 老いる被爆者たちの救済へ、速やかな支給も欠かせない。医療費助成の実務を担う広島、長崎の4県市はこれまで30万円を超える例外支給の申請に、在外被爆者が提出した海外の医療機関の診療内容明細書を日本の診療報酬に算定し直す事務を、日本公衆衛生協会などに委託。協会は「専門性が高い」として別業者にさらに外部委託している。14年度の助成申請者約3千人のうち該当は約1割だが、算定はまだ終わっていないという。

 今後は全ての申請について同様の実務が発生するとみられ、支給時期の大幅な遅れも危ぶまれる。加えて、医療費の支給事務は都道府県とされており、海外からの申請の実務を誰が担うのか、まだ不透明だ。広島市援護課の松村益江・認定担当課長は「国の方針が出ない限り、自治体の役割も分からない」と言う。

 「細かい点で課題は残っても、大枠で国内外の差がなくなるのは喜ばしい」。在韓被爆者の渡日治療を支援してきた、広島市中区の河村譲医師(71)は来日に要する被爆者の心身の負担を感じてきた。「運用をうまく詰めさえすれば、いい意味で私たちの役割もなくなるはずだ」。手当の受給、被爆者健康手帳の在外申請…。海を越え、被爆者としての当然の権利を法廷で取り戻してきた被爆者。その願いをかなえる日が急がれる。(水川恭輔)

(2015年9月10日朝刊掲載)

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