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社説・コラム

『論』 母親と若者のデモ 政治は誰の声を聴くのか

■論説委員・高橋清子

 国会では安全保障関連法案をめぐる与野党の攻防が続く。国会前で反対するデモは膨らみ、各地で多くの人たちがプラカードを手に歩く。これほどまでの抗議を想像した政治家はどれほどいよう。

 この日曜日に広島市であった市民団体の集会に足を運んだ。「子どもたちを戦地に行かせるわけにいかない」。2児を連れた母親がマイクの前で上げた声にひときわ大きな拍手が湧いた。安保関連法案に反対するママの会・広島のメンバーである。7月下旬、東京発で全国に広がるママの会に呼応してできた。

 母親たちがフェイスブックを通してつながり、情報交換し、意見を言う。デモをし、自民党議員の事務所に要望書を渡す。次々と行動を起こしてきた。普段は政治に関わる会話はほとんどしないという。子育てや仕事で日々、忙しい。そんな彼女たちが動いたのはなぜなのか。

 「集団的自衛権の行使は米国と一緒に戦争をすること。憲法で禁じてきたのにがらっと変えるのが怖い」。近松直子さん(26)は大義が疑われたイラク戦争を日本が支持した過去が頭をよぎる。「国会で質問をはぐらかす答弁が多い。首相らは戦争をする法案でないと言うが信用できない」と桜下美紀さん(35)。法案は日本を戦争に近づけ、ひいては子どもの命に直結する問題と捉えているのだ。

 「徴兵制」への不安も聞いた。首相らは苦役を禁じる憲法に違反するからあり得ないと言う。しかし強制でなくても若者が経済的に追い込まれ、仕事として軍を選ぶ米国のようにならないかと懸念する母親たちは少なくない。日本では母子世帯が貧困に陥り、若者ほど非正規社員が多い社会が続いていく、と考えるからだ。

 各世論調査でも6割以上が今国会での成立に反対してきた。まっとうな疑問や不安に政治が真正面から応えていないからだろう。

 デモの象徴となった学生グループ「SEALDs(シールズ)」は日本の民主主義のプロセスを問い掛けてきた。同じ問題意識が、ここ広島の地でも聞かれる。

 広島大の学生6人は東広島市でのデモを企画した。みんなが意見して理解を深め、話し合いで決める方法を踏んでいない―。国会の現状への憤りを意思表示したかったと大学院生の竹内陽介さん(27)は言う。憲法解釈の見直しを閣議決定で決め、大半の有識者が違憲とみる法案を数の力で通すやり方に違和感がある、と。だからデモは賛否を連呼せず、一人一人が問題点をスピーチする形にした。

 機知に富んだ抗議だと思う。異論を排除せずに合意形成を大切にしようという視点ゆえだ。

 与党の政治家の姿勢とは正反対に思える。デモは一部の声にすぎず、聴かなくていいといわんばかりの発言が相次いだ。政治は政党や議員が動かすものだとの論調も聞く。いかにも乱暴だ。

 今回、話を聞いた母親や学生には同じ思いの仲間が大勢いるという。若者と政治参加をテーマに研究する広島大の竹内さんは、なぜデモが起きているのかについて興味深い見方を話した。若者から見て議会政治は自分たちの声が届かない場所であり、不信感がある。無関心でいられない政治課題が出たことで、草の根の方法で訴える必要にかられたのではないかと。

 自民党1強の国会と国民の意見にずれがあり、その溝を埋めようとしたのがデモなのではないか。

 今の国会は女性の議員比率が圧倒的に低く、若手が議席を得るのも難しい。政策にこの層の声が反映されにくい構造になっている。にもかかわらず、政治による是正の動きは鈍い。

 少子化で若い世代の人口が減ってもいる。現政権が声を聴こうとしていない層がデモという手段で訴えたのは偶然とは思えない。ならば意識して幅広い民意に耳を傾けるのが常道だろう。

 広島の「ママの会」は今後とも勉強を重ねていくという。今度は選挙で意思を表そうとの声が若者たちを含め、飛び交ってもいる。戦後の民主主義が70年近くの時間をかけ、根を張ってきた。その中で育ってきた次の世代が目覚めたとすれば意味は重い。

(2015年9月17日朝刊掲載)

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