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台湾被爆者 63年に手帳 広島市 「在外初」の11年前交付

 広島市が1963年、来日した台湾人女性に被爆者健康手帳を交付していたことが12日、分かった。在外被爆者への手帳交付はこれまで、74年の元韓国原爆被害者協会会長の故辛泳洙(シンヨンス)氏が初めてとされてきたが、この台湾人女性が最初だった可能性が高い。

 市によると、女性は80代で現在は中国地方に住む。市は女性が観光ビザで訪れた63年10月、手帳を交付した。96年発行の「市原爆被爆者援護行政史」にも明記されている。

 国は当時、来日した在外被爆者の申請に明確な見解を示しておらず、市は国と協議しながら交付を決めたという。市原爆被害対策部は「当時の申請書類を見ると、目撃者の証言などから被爆の事実が確認できたと判断したようだ」としている。

 援護行政史には市が翌64年、家族に会うため訪日した韓国人にも手帳を交付したと記されている。実際には旅券の期限切れで帰国したため手帳は渡されなかったという。

 国は65年以降、在外被爆者は「援護の範囲外」と判断。市も従った。東京都が辛氏に交付するまでの約10年間、在外被爆者への手帳交付は閉ざされた。

 厚生労働省によると台湾に住む被爆者は18人。11月に初の被爆者団体が発足する。設立に協力した「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」の豊永恵三郎支部長は「女性が他の台湾人被爆者を知っていれば、さらなる支援につなげられる」と話している。(金崎由美)

(2011年10月13日朝刊掲載)

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