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社説・コラム

『書評』 話題の1冊 九月、東京の路上で 加藤直樹著 

今に通じる排外の記憶

 韓流スターのグッズを扱う店や韓国料理店が並ぶ東京・新大久保。外国人が多く住み、多文化共生のモデル地区でもあるこの街で近年、ヘイトスピーチ(憎悪表現)をまき散らすデモ行進が盛んに行われた。新大久保で生まれ育ったノンフィクションライターが、日本社会に眠る排外主義の記憶を、92年前の関東大震災から呼び起こした。

 マグニチュード7・9の大地震が首都を襲ったのは1923年9月1日午前11時58分。震災当日から数日間にあった朝鮮人虐殺の事実を、当時の人々の手記や公的刊行物の記述から発掘した。硬派な本ながら昨年3月の発売以来1万2千部を売り上げ、地方の書店でも反響が大きいという。韓国語訳も今月発売され、現地で評判になっている。

 「こいつは太い野郎だ、死人の物を盗みやがった」「こやつが爆弾を投げたり、毒薬を井戸に投じたりするのだな」…。がれきの街を駆け巡った流言飛語が、虐殺の導火線になった。各地で自警団が結成され、暴行はエスカレートした。「ぶち殺せ」「たたき出せ」…。プラカードを掲げ、シュプレヒコールを繰り返す一団が練り歩く現代の東京に、著者は関東大震災の「残響」を聞き取る。虐殺現場の現在を記録した街並みの写真が、過去を今に引き寄せる。

 うわさが徐々に郊外に拡大し、暴虐の連鎖が広がっていく様子には身震いを覚える。「洪水被害の常総市で 空き巣が多発しているが 目撃者の話だと外国人らしい」「火事場泥棒は、日本人がもっとも恥とするところです。自警団、必要でしょう」。これらの言説はツイッターで今、まさに拡散している。阪神大震災でも、東日本大震災でも、そして、昨年8月の広島土砂災害でも、外国人を標的にしたうわさは流れた。この本が記述する暗い世界は、決して昔話ではない。(石川昌義)(ころから・1944円)

(2015年9月27日朝刊掲載)

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