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社説・コラム

『潮流』 リスクと覚悟

■呉支社編集部長・林仁志

 「それにしても…」。40代前半の自衛官は言葉を区切った。集団的自衛権の行使を限定的に認める安全保障関連法が成立する2日前。海上自衛隊呉基地の隊員に反応を聞いて回った時のことだ。

 新たな法はあってしかるべきです―。ひとしきり持論を述べ、急に憂鬱(ゆううつ)な表情になった。世界で力の均衡が崩れ、いかなる危機がいつやってくるか分からない。自国を守る活動に制約が多くあっては不都合だ。命令や指示があれば当然任務に就く。危険は引き受ける、と意気軒高だったにもかかわらずである。

 憂鬱の源は何か。「平時の任務、訓練ですら危険は潜んでいます。真正面からリスクに向き合い、論じてほしかった」。なのに国会でのやりとりがあまりに軽く聞こえたという。

 「リスクは増大しない」「リスクは残る」「増える可能性がある」「そもそも任務はリスクを伴っており今まで以上に高まらない」「法が成立すればリスクは下がっていく」。このように政府答弁はふらついた。

 「厳然としてリスクはある。それでも日本の安全、国際社会の安定のためリスクを引き受けなければならないと説明するのが筋でしょう」と自衛官。

 24年前、呉から掃海部隊が機雷処理のためペルシャ湾に向かった。掃海艇は木やプラスチックでできており、大海では木の葉のようだったという。機雷の在りかを探り当てて、息を詰め爆破する。弾が飛んでくる恐れがない停戦中でも命懸けだった。

 どこにでも赴く覚悟はあると語った30代後半の隊員からは逆に質問を受けた。「政治家、識者、われわれを送り出すべきだと考えている人たちにはどんな覚悟があるのでしょうか」と。

 答えられなかったし、答えようもない。思い詰めた顔、語調を思い起こすたび気が重くなる。

(2015年10月6日朝刊掲載)

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