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社説・コラム

『記者縦横』 福島県富岡の静寂 重く

■東京支社・山本和明

 まだ新しい民家の窓をのぞくと、居間のじゅうたんには雑草が生い茂り、コケやキノコに覆われていた。ある事業所の床にはネズミのふんが転がり、タヌキが死んでいた。町には、行き交う人はいない。

 東京電力福島第1原発から10キロ余りに位置する福島県富岡町を初めて訪れた。原発事故から4年7カ月を迎える今も全町避難が続く。福島の復興は少しずつでも進んでいるのだろうと、いつからか、何となく思っていた。経験したことのない静寂の中、そんな自分を恥じた。

 「人が長期間いないと、こうなるんです」。案内してくれた遠藤義之さん(43)はつぶやいた。同町の宿泊施設の支配人だった。片付けようと自宅に戻っても、荒れ果てた家に、ため息を残して10分ほどで去ってしまう―。遠藤さんは、そんな町民を数多く見てきた。

 遠藤さんが心配する避難住民の「古里離れ」が現実になろうとしている。放射線量が高い地域はバリケードで封鎖されている。除染は進むが、町民の帰還のめどは立たない。時間がたつほどに、町民それぞれの避難先が古里になる。遠藤さんは「富岡町を覚えていて」と言った。

 来年3月で原発事故から5年。避難者数などの数字上では復興は進んだように見える。だが、復興の度合いは被災者一人一人の思いでしか測れない。そして、福島に向き合うことが「風化」を防ぐ手だてだろう。富岡町の現実や遠藤さんの言葉を胸に、風化にあらがいたい。

(2015年10月9日朝刊掲載)

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