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社説・コラム

社説 平和賞と「アラブの春」 中東安定につなげたい

 第2次世界大戦の終結から70年。地球上が再び対立と混乱の危機を迎えつつある中で、ことしのノーベル平和賞の行方は例年に増して注目された。

 被爆地が待ち望んだ日本被団協などの受賞がならなかったのは残念である。仮に実現していれば停滞する核兵器廃絶に向けた強いメッセージになっていただろう。しかし、チュニジアの民主化プロセスに貢献した「国民対話カルテット」への授与も大きな意味を持つものだ。

 この国を出発点として、2011年から広がった中東の民主化運動「アラブの春」が行き詰まっているからだ。エジプトは強権政治に戻り、リビアなどは国家分裂の危機にある。過激派組織「イスラム国」の勢力もこの間に中東で拡大した。泥沼の内戦に陥ったシリアからは多くの難民が欧州に押し寄せる。

 このまま民主化の流れを途絶えさせてはならない。混乱は軍事力ではなく対話で解決を―。成功例といえるチュニジアに光を当てることで、そうした「警告」を中東全体に発する狙いがあるのは間違いない。

 今回の決定をインパクト不足とする見方もある。6年前のオバマ米大統領や昨年のマララ・ユスフザイさんほどの国際的な知名度に欠けるのは確かだ。とはいえ独裁政権が倒れた後の各勢力の対立を市民も交えた政治対話によって収拾し、憲法制定や挙国一致の新政権の発足につなげた功績は極めて重い。

 むろん、そのチュニジアも不安要因を抱えている。とりわけイスラム過激派の動向だろう。ことし3月には、武装集団のテロで日本人が犠牲になったことも記憶に新しい。貧富の格差や失業率の高さは深刻で、「イスラム国」に身を投じる若者たちが目立つ国でもある。

 つまり民主化は「優等生」の国においても進行形で、目が離せないということだ。ノーベル賞という祝賀ムードによって、残された懸案を国際社会は置き去りにしてはならない。民生と経済の安定のための後押しは、今後とも欠かせない。

 他の中東の国々の安定にもつなげたいところだ。ただ真の民主化からはまだ遠い現実もしっかり見据えたい。欧米が望む急速な運動の広がりが、結果として混乱を招いた側面も否定できまい。チュニジアの民主化モデルは理想だが、あちこちの国で直ちにまねができるほど生易しくはない。それぞれの実情に合った方法論が要るはずだ。

 何よりシリアである。アサド政権が民主化を求める反体制派を弾圧して始まった内戦は混迷が極まる。政権を後押しするロシアが「イスラム国」勢力の掃討を口実に軍事介入し、拍車を掛けていよう。米ロによる中東の主導権争いが透けて見えるのも気掛かりだ。一足飛びの民主化より、まず確実な停戦が急がれるのは言うまでもない。

 私たちも「アラブの春」には盛んに拍手を送った。だがその後の状況に、どこまで思いを寄せてきただろう。今回の平和賞を、これまで以上に関心を持つきっかけにすべきだ。

 ことしの核拡散防止条約(NPT)再検討会議を思い返す。合意文書を採択できず「決裂」に終わったのも、中東問題での対立が要因だった。現地の情勢悪化は非核化の道も遠ざけてしまうことを頭に置きたい。

(2015年10月11日朝刊掲載)

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