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社説・コラム

天風録 「シベリア帰りの飯ごう」

 監視塔と柵に囲われて収容所が立つ。荒涼たるシベリアの風景が飯ごうのふたに刻まれていた。側面に50人余りの名もある。ともに飢え、凍え、古里を思った戦友たち。ソ連兵に見つからぬよう、ペンキで塗り込めて持ち帰った▲昨春亡くなった広島市の画家、四国五郎さんの遺品が県民文化センターで展示されている。3年にわたる抑留の記憶。氷点下40度にもなる極寒の地での体験が数々の絵や手作りの粗末な道具類からしのばれ、胸を打つ▲「雪の原の小休止に指をあたゝめながら書くべし」。四国さんはこっそり「豆日記」をつけていた。過酷な労働、食料を盗まれないかとの疑心暗鬼、仲間の埋葬…。生還した画家は、忘れ得ぬ記憶を描き続けた▲シベリアからの引き揚げ者の多くが祖国の地を踏んだのは舞鶴である。そこに残る抑留資料が世界記憶遺産に登録された。シラカバの樹皮に記した日誌などもある。やはり監視をくぐり抜けてきた苦難の証しといえる▲いつの世も変わらぬ戦争の残酷さと人間の悲しさを物語るものだろう。抑留に限らない。その実相を刻みながら埋もれたままの資料が国内外にあるに違いない。掘り起こして記憶し、学び続けたい。

(2015年10月15日朝刊掲載)

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