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艦載機移転に深まる懸念 岩国爆音訴訟 早急な対策求める声

 米海兵隊と海上自衛隊が共同で使用する岩国基地(岩国市)には、2017年ごろまでに米海軍厚木基地(神奈川県)から米空母艦載機移転の計画がある。15日の山口地裁岩国支部判決が、滑走路の沖合移設後も違法状態が続いていると指摘する中、騒音の増大があらためて懸念される。(野田華奈子、村田拓也、大村隆)

 岩国基地の滑走路は騒音軽減と危険除去を目的に沖合移設され、2010年5月から運用されている。国はこれまで、移設で周辺住民の騒音被害は軽減されるとしてきた。山口大の纐纈(こうけつ)厚教授(政治学)は判決を受け、「国の説明と実態は全く違ったということだ。その責任は大きい」と指摘する。

 一方で判決は艦載機移転による騒音増大を推認しながら、将来分の損害賠償を認めなかった。纐纈教授は「艦載機移転で騒音が増えるのは間違いないのに、認めなかったのは姑息(こそく)」と批判。「国は騒音の違法性が指摘されたことを真摯に受け止め、対策を急ぐべきだ」と強調する。

 岩国市は艦載機移転容認の判断について、国と協議中の安全安心対策や地域振興策の達成度の先にあるとする。福田良彦市長は「司法判断が今後の判断に影響するとは考えていない」とし、「判決の内容に関わらず騒音対策の強化を進める」と話した。山口県の村岡嗣政知事も「岩国基地や国に対し、運用時間の順守や騒音軽減の要請に粘り強く取り組んでいく」との談話を発表した。

 米海兵隊岩国基地報道部は「一連の日本の法的手続きを尊重している。米軍の訓練はすべて日米相互協力と安全保障条約に基づく米軍の責務を果たすために行われている」とのコメントを出した。

<岩国爆音訴訟をめぐる主な動き>

1997年 6月 国が岩国基地の滑走路沖合移設事業に着工
2006年 5月 日米両政府が、米海軍厚木基地から米海兵隊岩国基地への空母艦載機移転を盛り込んだ在日米軍
         再編のロードマップに合意
2009年 3月 原告476人が山口地裁岩国支部に提訴
     10月 原告178人が同支部に追加提訴
2010年 5月 岩国基地の新滑走路運用開始
2012年11月 一部原告が垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの飛行差し止めを求めて同支部に提訴。岩国爆
         音訴訟と併合審理に
2014年 5月 第4次厚木騒音訴訟で一審横浜地裁が国に約70億円の賠償に加え、自衛隊機の飛行差し止めを
         命じる初の司法判断を示す
2015年 2月 岩国爆音訴訟結審
      6月 普天間騒音訴訟で一審那覇地裁沖縄支部が国に7億5400万円の賠償を命じる
      7月 第4次厚木騒音訴訟の控訴審で東京高裁が一審に続いて自衛隊機の飛行差し止めを命じる。将来
         分の賠償も初めて認め、賠償額は約94億円に
     10月 岩国爆音訴訟判決

【解説】国に被害解消の責務

 岩国基地の騒音をめぐる初の司法判断で、山口地裁岩国支部は騒音の違法性を認めた。在日米軍再編で米空母艦載機の移転が2017年ごろまでに迫る基地周辺住民のリスクを考える上で、大きな意義がある。

 国が騒音対策のために実施し、住民の悲願だった滑走路沖合移設事業。その基地拡張は、望んでもいなかった米空母艦載機の移転を招く結果となった。「騒音を減らす約束がなぜ」。国に対する不信感や憤りが訴訟提起の原動力だった。

 判決は沖合移設事業による騒音の減少を評価しながらも、賠償の必要な被害がいまだ続いていると認めた。艦載機移転で騒音は増えると推認し、移設効果の限界も示した。国は滑走路移設によって艦載機が移ったとしても騒音は減るとしてきたが、その根拠は明らかに乏しい。

 過去の判例と同様、判決は米軍機などの飛行差し止めに踏み込まなかった。7月に東京高裁が自衛隊機の飛行差し止めを認めた第4次厚木基地騒音訴訟は行政訴訟でのケース。今回の民事訴訟と形式が違うものの、判断の内容自体も後退は否めない。

 だが国に責任がないという意味ではない。騒音被害はこれまでの裁判で繰り返し認定されているが、改善に向けて米軍と協議するなどの努力は見られない。市民の日常生活を根本から脅かす被害に真摯に向き合わずして、日米同盟の強化などあり得ない。

 基地の運用に比較的理解があると言われる岩国市民が、なぜ提訴に踏み切ったのか。在日米軍再編で集中する負担を司法の場に問うためだ。国は賠償を命じられた事実を重く受け止め、被害の解消を進めていく必要がある。地元でも受け入れ条件よりまず、想定される負担と対策が論じられなければならない。(野田華奈子)

岩国爆音訴訟判決(要旨)

 岩国爆音訴訟で山口地裁岩国支部が15日に言い渡した判決の要旨は次の通り。

 【米軍機の飛行差し止め請求】
 岩国基地に関し、国と米軍との法律関係は日米安全保障条約に基づく日米地位協定によるもので、米軍の権限や活動を制限し得る条約や国内法令の規定はない。請求は支配の及ばない第三者の行為の差し止めを国に求めるもので、空母艦載機移駐計画の差し止めも同様に理由がない。

 【自衛隊機の差し止め請求】
 防衛相に委ねられた自衛隊機運航に関する権限行使の変更や発動を求める請求を含んでおり、行政訴訟としてどのような要件で請求できるかはともかくとして、民事訴訟での請求は不適法。

 【過去発生分の損害賠償請求】
 基地周辺の騒音は、調査が行われた1974年から、約1キロ沖合に移設した2010年5月の新滑走路運用までは相当に強く、運用後も各指定区域のうるささ指数(WECPNL、W値)を5程度下げる騒音の減少はあった。

 会話や睡眠を妨げられたり、頭痛などの身体的被害の危険にさらされたりする精神的被害を受けたと認められる。垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの危険は独立の侵害行為とは認められない。

 【基地の公共性と違法性、被害防止措置】
 基地の公共的利益は、周辺住民という限られた一部少数者の犠牲の上でのみ可能で、国が主張するほどの高度の公共性はない。相当数の原告が強い騒音にさらされており、人間らしい生活を営む上で重要な利益の侵害である。

 滑走路の沖合移設事業は、基地供用の違法性を減少させる事由として評価できるが、厚木基地からの空母艦載機などの移駐計画により、近い将来、騒音の程度が高まることが相当の蓋然(がいぜん)性を持って推認されるので、将来見込まれる効果に照らし一定の限界がある。

 【慰謝料の額】
 慰謝料算定の基準月額は、新滑走路運用前まで、W値75以上80未満の区域で4千円、80~85で8千円、85~90で1万2千円、90以上で1万6千円、運用後の10年6月以降は75~80のうち一部区域が4千円、80~85で4千円、85~90で8千円、90以上は1万2千円。  国からの助成で住宅防音工事をした人は10%の減額が相当。

 【将来発生分の損害賠償請求】
 請求権として適格を有さず不適法。基地周辺の騒音は新滑走路の運用前後で変化があったと認められ、運用開始から5年足らずしか経過していないことからすると、将来にわたり騒音が継続されると予測できるほど測定結果や関連事実が十分に蓄積されていない。

 空母艦載機移駐も現時点で時期が定まっているとは認められず、将来の損害賠償請求を許容するための事情として考慮できない。

(2015年10月16日朝刊掲載)

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