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社説・コラム

社説 南シナ海に米艦 懸念される偶発的衝突

 南シナ海の緊張が高まってきた。米海軍のイージス駆逐艦がきのう中国が一方的に「領海」と主張する南沙諸島の人工島から12カイリ(約22キロ)内の海域を航行した。一回限りではなく、オバマ政権は今後とも派遣を恒常化させていく方針という。

 米側からすれば中国側の反発は織り込み済みだろう。実際、中国外務省は「主権と安全を脅かすものだ」と非難し、軍事面での何らかの対抗措置に踏み切る可能性を示唆した。

 このままエスカレートすれば意図しなくても偶発的な衝突や事故が懸念されよう。米中両政府ともに戦闘状態は望んでいないはずだ。アジアの安全保障環境を揺るがしかねない事態を招かないよう、まずは双方に自制を促したい。

 とはいえ一触即発の状態を招いたのは中国側であることを忘れてはならない。開き直ったような物言いは理解し難い。

 南沙諸島では周辺国が領有権を争ってきたが、中国はこの2年で岩礁を次々と埋め立て、爆撃機が離着陸できる滑走路の建設まで進める。南シナ海の大半の管轄権を有すると独自の境界線を設け、実効支配を強める。アジアでの海洋権益拡大の主張が突出しているのは明らかだ。

 国際社会が危惧するのは当然である。とりわけ米国は人工島はもともと満潮時に水没する暗礁で、国際法上、領有権や領海は主張できないと強く批判してきた。先月の米中首脳会談でもオバマ大統領が直接、習近平国家主席に人工島造成中止を求めたが、平行線に終わった。そのことが艦船派遣への引き金になったのは確かだろう。

 事態緊迫を覚悟の上で派遣に踏み切ったのは「航行の自由」の確保を重んじるからだ。世界規模で軍を動かす米国主導の国際秩序に挑む中国をけん制する狙いが透ける。オバマ氏は対話を重視する融和姿勢を取ってきたが、米国の威信失墜を避けるために圧力をかける対中戦略に踏み込んだといえよう。

 ただ米中ともメンツは守りたいが、経済的には強く依存し合っている。決定的な対立には持ち込みたくないのが本音ではないか。現に近年、周辺の空域で軍機同士の異常接近がたびたび発生したのを受け、首脳会談では両軍機の偶発的衝突を回避するための行動規範で合意した。海上でも昨年、米中や日本など21カ国の海軍当局が衝突回避の行動規範で合意している。しかしそれらは法的な拘束力がないのも事実であり、より実効性のある手だてが急がれる。

 日本政府は取りあえず様子見のようだ。だが今回の駆逐艦が横須賀基地所属であるように今後とも在日米軍基地が派遣の拠点となるだろう。仮に米艦の派遣が長引けば、日本に対して自衛隊の協力を求めてくるとの見方もある。その際、成立したばかりの安全保障関連法を口実にされることはないか。

 通常国会の法案審議では南シナ海への派遣を想定した政府説明も議論もほとんどなかった。中国に配慮したからである。今後の状況によっては日中関係にも重大な影響を与えるだけに、対応を誤ってはなるまい。

 近く日中韓首脳会談もある。日本は南沙諸島の領有権争いの当事者ではない。中国側に冷静な対応を呼び掛け、対話の仲介役を果たす役割が求められる。

(2015年10月28日朝刊掲載)

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