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社説・コラム

『言』 憲法と「文化の日」 よく読み 社会を考えよう

◆出版社・童話屋編集者 田中和雄さん

 文化の日のきのうは69年前、日本国憲法が公布された日でもあった。平和と文化の礎であるその憲法が今、揺らいでいる。憲法学者らが違憲と指摘した安保法案をめぐってこの夏、国会周辺で繰り広げられたデモで、出版社・童話屋の編集者田中和雄さん(80)は、自ら出版した「日本国憲法」を参加者に配った。「憲法を読み、考えることが社会をよくする力になる」という思いについて聞いた。(論説委員・田原直樹、写真も)

 ―どうして国会前で配布を。
 60年安保の際、僕もデモをした一人です。その後は沈黙していましたが、今度の安保法制は大変だと、血が騒ぎました。そこへ若者が反対してデモに加わり、高校生まで立ち上がったと聞いて、居ても立ってもいられなくてね。でも皆、憲法を読んでいるだろうか。まずは知ってもらおうと思ったんです。

 ―抗議するにも、憲法を読んでからということですか。
 55年前、デモをした僕らの側には無知と狂気がありました。若気の至りで暴力に訴えるなど、まるで戦争のようでした。そんな反省もあり、流行みたいな気分でデモをしてほしくはない。しっかり学んで行動してほしい。読めば、抵抗すべき根拠が分かり、憲法というものが一層大事に思えるはずですから。

 ―若者たちの反応は。
 「憲法を読もう」と書いたたすき姿で配ると、興味深そうに受け取ってくれる。やはり読んでいないんですね。「読んでみます」という素直な反応がうれしかった。18歳選挙権となるから意識も高まっています。法は成立したけれど、まだおしまいではない。心強く思いました。

 ―配ったのは2001年に出版した本ですね。
 「日本国憲法」と、終戦直後に文部省が出した中学の教科書「あたらしい憲法のはなし」の2冊です。子どももお小遣いで買える300円の小さな本ですが、今も版を重ねています。

 出版の際、あらためて憲法を載せた官報を見たんですが驚きました。大きな文字の号外で、当時の政府の喜びようがうかがえる。新憲法が誇らしかったのでしょう。ところが今やその憲法がないがしろにされつつあるのは、何とも嘆かわしい。

 ―「あたらしい憲法のはなし」は4年ほど使われた中学教科書の復刻ですね。
 憲法の精神が易しく語られています。復刻後、印象深い出来事がありました。山梨県で全国植樹祭があった折、皇后陛下にお目に掛かると「童話屋さん、『あたらしい憲法のはなし』を出してくださってありがとう」とおっしゃる。3カ月前に出したばかりの小さな本をご存じでした。「私どもは毎年5月3日に、あの教科書を取り出して家族で読み合うのを習わしにしています」と。古びた昔の教科書が復刻されたので、喜ばれたのでしょうか。憲法を大事にされていることに、感動しました。

 ―戦後70年、憲法は遠い存在になっているようです。
 わたしたちがいかに守られているか、読めば分かります。前文は堅苦しいけれど、人類が恐怖と欠乏から免れ平和に生存する権利をうたうなど、高潔な精神にあふれた散文詩ですよ。

 ―詩といえば、戦争やいじめなど幅広いテーマの詩集を出版していますね。
 よい詩は大切なものを伝えます。やさしい表現で深いものをね。子どもにも分かります。例えば「雨ニモマケズ」や「ぞうさん」がそう。込められたメッセージを口ずさむことで体に入り、生命のかけがえのなさを学んだり、差別に気づいたりする力になります。権力と闘い、社会を変えるにも、暴力ではなく言葉で抵抗すべきです。

 ―原民喜や栗原貞子らの原爆詩やフォークソングなどの反戦詩を集めた「生きていてほしいんです」も手掛けています。
 詩人谷川俊太郎さんが「戦争と平和」という作品を書き下ろしてくれました。夫を戦争に、妻を平和になぞらえた作品で、擦れ違う対話が意味深長です。

 かつて心理学者フロイトが語ったように、人間には戦う衝動がありますが、文化を育めば、きっと戦争という惨禍は減らせるでしょう。不戦を誓った憲法とともに文化を大切にして子どもたちに引き継ぎたいですね。

たなか・かずお
 東京都文京区生まれ。学習院大政経学部卒。広告会社を経て77年、東京・青山に童話屋書店を開業。翌年、イトーヨーカドー沼津店に「子ども図書館」を開き、6年前まで福山店などで延べ16館を運営した。80年から出版も。安野光雅さんの絵本「魔法使いのABC」のほか、絵本「葉っぱのフレディ」、詩集「のはらうた」、ポケット詩集シリーズを手掛ける。各地の小中学校で「詩の授業」も続ける。

(2015年11月4日朝刊掲載)

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