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社説・コラム

社説 パグウォッシュ会議 被爆地からの発信重い

 世界の科学者が集い、核兵器廃絶を討議するパグウォッシュ会議世界大会がきのう閉幕した。「長崎を最後の被爆地に」を合言葉に、核保有国に対して廃絶の確約を求めたことなどが最終日の宣言の柱である。

 この会議の役割は重い。東西の冷戦下で核戦争の脅威が高まった1955年、「人類を破滅に導く核開発から手を引こう」と科学界に呼びかけるラッセル・アインシュタイン宣言が発表された。これを受け、ノーベル物理学賞受賞の湯川秀樹博士らがカナダのパグウォッシュ村で討議したのが成り立ちだ。

 被爆70年の節目の年に、その宣言の精神に立ち返り、10年ぶりに被爆地で大会を開いた意義は大きい。約40カ国から約200人の科学者たちが集まった会議で印象深かったのは、核超大国の米国とロシア両政府に対する科学界の鋭い反発である。

 壇上に立った米国高官は「核軍縮は段階的に進めなければ世界の安定を損なう」と述べ、ロシア高官も「性急に核なき世界を目指すのはロマンチックで非現実的」と続けた。これに対して会場の科学者から「核兵器は数発持つだけで十分過ぎる」「なぜ核兵器の近代化を進めるのか」などと批判が相次いだのは心強かった。核抑止論を正当化する保有国へ鋭い寸鉄を突き付けたといえよう。

 集った科学者たちには強い自責の念があるはずだ。

 核分裂反応の発見者たちは原爆の使用に反対したものの、国家の暴走を止められず広島・長崎の惨禍は起きた。その後も核開発は拡大し、人類を何度も破滅させても余りある核兵器が今なお、地球上に存在する。倫理を忘れて核技術を悪用したという悔恨から国家体制にとらわれず、人類の一員として廃絶を目指す。それが科学者の社会的責務と考えているに違いない。

 長崎での宣言で警告を発したのも同じ思いからだろう。「強固な道徳心と倫理観がなければ人類は生き延びられない」と。日本の名指しはなかったが「核の傘」に入る非保有国に安全保障政策転換を求めた点も重い。

 半面、発信力に欠けた部分もあったのも確かだ。福島第1原発の事故を踏まえ、原子力の非軍事利用の是非もテーマに上った。ただ公開討議を見る限り、安全利用などの技術論が中心で原発そのものの在り方を問う議論は深まらなかったようだ。物足りないと感じた人もいよう。

 核軍縮は、核保有国の意志に大きく左右されるのが現実である。その中で科学者の討議がどこまで実効性があるのか懐疑的な声があるかもしれない。しかしパグウォッシュ会議を通じた科学者の知見と提言が国際世論を動かし、部分的核実験禁止条約(PTBT)や核拡散防止条約(NPT)などの成立に影響を与えてきたのは事実だ。

 長崎の大会では被爆者の生の声を聞くなど被爆の惨状に触れながら核廃絶への方策を討議した。その訴えに、核保有国は真剣に耳を傾けてもらいたい。

 同時に科学者たちの今後の行動も問われよう。科学界が生み出した核兵器を廃絶する努力こそ、重い責務であることを胸に刻み直してもらいたい。今回の討議を生かして市民社会や国際組織と連携を深め、核兵器依存という人類の愚行を阻止する国際世論を広げていくべきだ。

(2015年11月6日朝刊掲載)

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