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社説・コラム

社説 中台首脳会談 平和的対話をどう継続

 まさに歴史的な対話である。中国の習近平国家主席と台湾の馬英九総統が、きのうシンガポールで首脳会談を開いた。

 かつて関係が断絶し、砲火を交えたこともあったのを思えば隔世の感がある。両トップが直接対話に歩を進めたこと自体に、大きな意味があろう。

 会談実現までに両者のさまざまな思惑が交錯したと伝えられる。このまま中台関係が平和的であり続けるかどうかは必ずしも見通せない。会談の評価は当然分かれよう。せっかくの成果を無にしないよう双方が歩み寄り、特に中国への反発が残る台湾の民意を尊重しながら平和への針路を確固たるものにする努力が求められる。

 会談は両首脳が笑顔で握手して融和的なムードを演出したようだ。習氏は「歴史的な一ページを開いた」とし、一つの中国を認め合う「92年合意」を交流の基礎として再度、確認した。さらに馬氏が閣僚級のホットラインを設けることを提案し、習氏側は了承したという。

 顔合わせという側面もあるが一定に評価はできよう。ただ両者の政治的スタンスは今なお隔たりがあるのが現実だ。中国は台湾統一を目標に掲げ、台湾は現状維持をよしとする空気が、これまでの大勢だった。

 この局面でなぜ両者が首脳会談に踏み切ったのか。背景には、来年1月に迫る台湾の総統選がある。独立を志向する最大野党、民主進歩党が勝利して8年ぶりに政権が交代する可能性が高いとされる。馬氏としては対中交流政策をアピールし、劣勢を挽回したい狙いがあろう。

 習氏の思惑も容易に想像できる。台湾が政権交代すれば影響力低下は必至だ。統一へ向け、今のうちに関係強化に取り組む必要があると踏んだとみられる。併せて、南沙諸島の問題で国際社会から孤立する中、地域の緊張緩和に尽力していると印象付ける狙いもあるようだ。

 それらを踏まえれば「政治的パフォーマンス」との冷ややかな見方があるかもしれない。

 それでもなお、首脳会談自体の歴史的な意味が失われるとは思わない。

 そもそも両者の対立は中国共産党との内戦に敗れた国民党政権が1949年に台湾へ逃れ、中国が分断したことが発端である。東西冷戦下には米国が台湾を対中の防波堤としたこともあって対立がエスカレートした。台湾海峡が「火薬庫」と呼ばれていたゆえんである。

 改革開放などで中国が力を付けた90年代にはパワーバランスが中国に傾き、台湾が総統の直接選挙を実施した96年は台湾海域に演習名目でミサイルを発射し、米空母の出動で一触即発の危機に陥ったこともあった。

 だが最近は中台直行便も就航し、台湾企業の中国進出も相次いだ。経済的な結びつきが強まったことが政治対話の底流になったのは間違いない。主権問題を棚上げし、互恵関係を育む「知恵」でもあったのだろう。

 この潮流を止めてはなるまい。台湾総統選でどんな政権が生まれても、平和的な対話路線を堅持する責務が双方にある。とりわけ中国が再び強圧的な姿勢を取ることは許されない。

 中台関係が改善すれば日本を含む東アジアの平和と安定、安全保障環境に大きく影響を及ぼすことを肝に銘じるべきだ。

(2015年11月8日朝刊掲載)

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