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社説・コラム

『ひと・とき』 ノンフィクション作家・梯久美子さん 民喜 心に染みる交友

 広島市立中央図書館(中区)が、被爆作家原民喜の生誕110年に合わせて開いた講演会に講師として招かれた。講演では、妻貞恵との死別後の晩年に民喜が出会った祖田祐子とのエピソードを中心に語った。

 戦後、東京で暮らす民喜の家を祐子が時々訪ねてきたり、友人の遠藤周作に誘われて3人で多摩川にボート遊びに出掛けたり、心温まる交流があったという。

 「若(も)し私が、あの時、原さんの気持のほんの少しでも理解出来たら、或(ある)いは何か一言ぐらい、一寸(ちょっと)面白いことでも云って笑わせてあげられたら、もっと楽しく死の旅につかれたのではないかという気が致します」。民喜の死後、祐子はそんな文章を残している。

 「普通は、もっと励ましてあげれば死なずにすんだ、などと書く。彼女は民喜やその文学に対して、通り一遍ではない、深い理解をしていたんだなと。これこそ、奇跡的な存在だったと思う」と語る。

 45歳で自死した民喜の遺書に感銘を受け、取材を始めたという。「こんなに美しい遺書があるのか。もはや死者のまなざし」。愛を切り口にした12人の作家の評伝集「愛の顚末」(文芸春秋)でも民喜を取り上げている。(石井雄一)

(2015年11月14日朝刊掲載)

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