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社説・コラム

ズームやまぐち 育鵬社版教科書 見えぬ決定過程 県教委、県立中2校に初採択 

開示議事録 一部黒塗り

 山口県立中学校2校で来年度から4年間使う歴史教科書に、県教委は育鵬社版を初めて採択した。両校の想定とは異なる教科書を選んだ今回の判断。県への情報公開請求で開示された教育委員会議の議事録は委員の名前や発言の一部が黒塗りで、どのような議論を重ねて採択を決めたのか、意思決定の過程の全容を知ることはできない。(折口慎一郎)

 議事録は8月20日に県庁であった教育委員会議で、高森みどり中(岩国市)と下関中等教育学校(下関市)の教科書選定が話し合われた。浅原司教育長たち6人の教育委員が育鵬社版を採択した審議の様子が19ページにわたり記載されている。

 それによると浅原教育長の司会で委員5人が順番に意見を述べた。育鵬社版を推す声は2人。太平洋戦争に関する記述や、幕末の思想家吉田松陰たち県に関わる歴史が大きく扱われていることなどを評価した。

 「(戦争で)悪いところはすべて日本みたいなものを感じる教科書がある。(中略)現場の先生がいいというものが一番いい。ただ、歴史に関しては育鵬社がいいと思う」「郷土の偉人、先人のことが詳しく書かれている。明治維新150年(2018年)で今いっているので、子どもたちにはそういった内容が頭に入ったらいい」などの意見だ。

投票結果は不明

 一方、委員1人が「(両校が教科書に求める内容をまとめた)研究調査報告書の文言を念頭に年表とか索引とかをみれば東京書籍がいい」と別会社版を推した。残る2人は黒塗り部分もあり、どの教科書を推したのか読み取れなかった。

 一巡した後、1人が「生徒のことをよく知っている学校が一番やりやすいと思う教科書を選びたい」と再度、意見を表明。委員の無記名投票に移り、多数決で育鵬社版の採択が決まった。投票結果は明らかにしていない。

 開示された議事録は委員名が全て黒塗り。発言内容も名前以外に5カ所が黒塗りにされ、ある委員の発言を最大11行も黒塗りした部分は、どんな内容だったのか全く判断できなかった。県教委は「無記名投票の意味を尊重し、個人が特定できる部分は隠した。採択の趣旨は理解できるはずだ」としている。

文科省 公開促す

 今回の教科書採択で、文部科学省は結果や理由を積極的に公表するように促す。子どもが使う教科書をどう選ぶのか、議論はできる限り明らかにした方がいいとの考えだ。

 研究調査報告書などによると、両校は育鵬社以外の採択を想定していた。県教委もそのことを認め、原田尚教育次長は9月の県議会一般質問で採択理由を「県の教育目標の実現に資するとの視点から最もふさわしいと判断した」と答弁した。

 それならば、なおさら可能な限り議論の内容をオープンにするべきではなかったか。同じ育鵬社版を採択した防府市教委や岩国市教委は委員名は伏せているが、全文を公開している。防府市教委は「育鵬社版には賛否があるものの、議論をオープンにすることで採択教科書に対する市民の理解はむしろ得られやすい」と説明する。

育鵬社の歴史教科書
 育鵬社は、従来の歴史教科書を「自虐的」と批判する学者たちで構成する「新しい歴史教科書をつくる会」に協力していた扶桑社の子会社。中学校の歴史教科書では、太平洋戦争の項目を「『自存自衛』の戦争としたうえで、大東亜戦争と名づけました(戦後は太平洋戦争とよばれるようになりました)」と記述する。県内では来年度から県立2校に加え、岩国、防府両市と和木町の計29校で育鵬社版の使用が決まった。

(2015年11月17日朝刊掲載)

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